55話 好きな人2


 やはり親友の恋路というのは気になるものなのか、姉さんの質問は続く。



「はい、雪菜先生! その照似の人は同じ学校ですか?」



「ええ、そうよ。ひよりも絶対会ったことがあるわ」



「え、そうなの!? え~、誰だろ~。全然思いつかないんだけど~」



「ふふ、意外と近くにいるかも知れないわよ?」



 そう言って雪菜さんがちらりと俺を見やる。


 かなりぎりぎりのラインを攻めている気がするのだが大丈夫だろうか……。


 いや、でも姉さんだからなぁ……。



「意外と近く……。も、もしかして同じクラスとか……?」



「うーん、同学年ではないわね」



「まさかの先輩!? いや、後輩という線も……。でも後輩だと照と同じ顔がもう一人いるってことよね……。え、ドッペルゲンガー……?」



 なんでやねん。


 思わず関西弁の突っ込みが出ちまったじゃねえか。



「いや、それだと俺死ぬことになるんだけど……」



 そう姉さんに半眼を向ける俺。


 ちなみに〝ドッペルゲンガー〟というのはもう一人の自分が目の前に現れる怪奇現象のことで、現れた自分自身のことを指したりもするのだが、これに出会うと近いうちに死ぬと言われているのだ。



「そっかぁ、照死んじゃうのかぁ……。うぅ、迷わず成仏してね……」



 ――ちーんっ。



「おりんを鳴らすな。つーか、そんなもんどっから出したんだよ……」



「ふふん、お姉ちゃんの秘密のポケットよ」



 むふんっ、とその慎ましやかな胸を張る姉さんに、俺は「それ絶対外で言うなよ……」と半眼で釘を刺す。


 だが姉さんはどこ吹く風で、「おりん~」と猫型ロボット(旧)の真似をしていたのだった。



 ――ちーんっ。



 だから鳴らすな。


 まだ生きとるわ。



      ◇



「でもそっかぁ~。雪菜の恋が上手くいくといいなぁ~」



「ふふ、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」



 にんまりと嬉しそうに両頬杖を突く姉さんに、雪菜さんも微笑みながらお礼を言う。


 すると雪菜さんは「あ、そうだ」と思い出したように言った。



「実はちょっとひよりにお願いしたいことがあるのだけれど」



「うん、いいよー」



「いや、まずは内容を聞いてくれ姉さん……」



 がっくりと肩を落としている俺をおかしそうに笑いつつ、雪菜さんが言う。



「実はね、私もあまり恋愛経験がないから、いざという時のために練習しておきたいの。だからちょっと弟くんを貸してもらえないかなって」



「おっけー!」



「だから決断が早い……。そして俺の意思……」



 ぐっとウィンクしながら親指を立てる姉さんに、俺は再び嘆息しながら突っ込みを入れていたのだった。



      ◇



 というわけで、俺の意思がガン無視されて貸し出されたのはさておき。



「それで照をどうするの?」

 


 小首を傾げながら問う姉さんに、「ええ、それなのだけれど」と雪菜さんは俺を見やって言った。



「お顔が似ている弟くんを〝擬似的な恋人〟にすることで、本番で戸惑わないようにすることが出来たらいいなって」



「なるほど。まあ照だったら雪菜も気が楽だろうし、練習相手にはぴったりだよね」



「ええ、とっても。なんならこのまま結婚してもいいくらい心休まる相手よ」



「だってさ~。よかったね、照~」



「そ、そうだね……」



 くいくいと肘で小突いてくる姉さんに、俺はそう引き攣った笑いを浮かべる。


 なんという高度な心理戦であろうか。


 これで姉さんの中で雪菜さんは俺の擬似的な恋人ポジになった。


 恐らく雪菜さんの狙いはここからすでに仲のいい俺たちのさらに仲睦まじい姿を姉さんに見せつけることなのだろう。


 そうして現状彼女ポジになっている雫よりもフィーリングが合っていることをがっつり姉さんにすり込み、「てか、二人が付き合っちゃえばよくない?」みたいに持っていきたいんだと思う。


 なんなら途中で実は雫が彼女ではないということを彼女自身の口から告げさせる可能性も大だ。


 そう、つまりあとに残るのはまるで恋人のように仲のいい俺たちだけなのである!



「ふふ」



「くっ……」



 これが親友ゆえの強み……っ。


 なんという緻密な計算……っ、と雪菜さんの張り巡らせた罠にごくりと固唾を呑み込んでいた俺だったのだが、



「じゃあまずはキスの練習から始めましょうか」



「そうだね! まずはキスの練習……って、ええっ!? き、キスぅ!?」



「……」



 堪え性はもうちょっとあった方がいいと思うなぁ……。



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