48話 ドアロック


 そうして美味しそうなカレーの匂いに鼻腔をくすぐられながら、俺は雪菜さんと二階に上がっていったのだが、そこで一つ問題が生じてしまった。


 そう、このまま彼女をどこに連れていくのかである。


 姉さんのお友達なのだから当然姉さんの部屋というのが普通だとは思うのだが、本人の居ない間に勝手に部屋に入れるというのもどうなのだろうか。


 まあ姉さんなら気にしないとは思うんだけど……、と俺が頭を悩ませていると、ふいに雪菜さんが「ねえ、弟くん」と声をかけてきた。



「はい、なんでしょうか?」



「ちょっと聞きたいのだけれど、弟くんのお部屋ってどんな鍵がついているのかしら?」



「鍵ですか? えっと、普通につまみを回す感じのやつですけど……」



「よければ見せてもらってもいい? ちょっと気になることがあって」



「あ、はい。分かりました」



 いきなりどうしたのだろうか。


 もしかして何か自宅の防犯対策に不安な点でもあるとか?


 確かに雪菜さんの家は母娘揃って超美人だし、ストーカーの一人や二人くらいはいそうだからな。


 万全を期すに越したことはないと思う。


 というわけで俺の部屋へと案内すると、雪菜さんがポケットから何かを取り出して言った。



「ところで弟くんはこれが何か分かるかしら?」



「?」



 小首を傾げる俺の視線の先で握られていたのは、何やらシルバーの小物だった。


 アクセサリーか何かだろうか。


 でもそれにしては少々大きいような……。



「実はね、これ携帯用のドアロックなの」



「携帯用のドアロック……?」



 なんだそれ。



「ほら、旅先でたまにセキュリティが甘いホテルとかあったりするでしょ? そういう時のために使ったりするものなのだけれど、これをこうしてドアに挟ませると……ねっ? 外からは絶対に開かなくなるの」



「へえ、こんなものがあるんですね」



 シンプルだがよく出来た仕掛けに思わず感嘆する。


 確かにこれならプレートが引っかかるから物理的に開かなくなるな。


 ほえ~、とドアロックを食い入るように見やっていると、後ろの方からしゃっとカーテンを閉める音が聞こえた。


 どうやら雪菜さんがカーテンを閉めてくれたらしい。



「あ、どうもすみません」



「いえいえ。じゃあ準備も出来たことだし、そろそろ始めましょうか」



「あれ? 何かする予定でしたっけ?」



 まったく覚えのない俺が思わず呆けていると、雪菜さんがふふっと笑って言った。



「もう何を言っているの? 弟くん。周りをよく見てちょうだいな」



「周りを……」



 ぐるりと見渡してみるものの、そこにはいつもの俺の部屋の様相しかなく、どういうことだろうと小首を傾げる。


 すると、雪菜さんが一本ずつ指を立てながら言った。



「まず一つ、今このお部屋は外から誰も入ってこられないようになっているわ」



「え、ええ、そうですね」



「二つ、今このお部屋は外から何も見えないようになっているわ」



「た、確かに……」



「そして三つ、今このお部屋にはお年頃の男女が一人ずついるわ」



「……」



 うわー、嫌な予感……、と顔を引き攣らせる俺に、雪菜さんはふっと優しく微笑んで言った。



「そうです。〝仲良し〟の時間ですね」



 ――〝仲良し〟。


 それは誰かと親しい関係にあることを指す言葉である。


 が!


 最近ではそれとは別の意味として使われていたりもするのだ。


 そう、いわゆる〝えっちな行為〟のことである。


 よもやドアロックからそこまで持っていくとは思わなかった。


 恐るべし雪菜さん……っ!


 まさに策士……っ!



「って、〝仲良しの時間ですね〟じゃないですよ!? 何考えてるんですか!?」



「え、弟くんとの明るい未来?」



「う、うむむむむむむむむ……っ!?」



 まさかの返答に思わず勢いを削がれる俺。



「そ、そうじゃなくて……。し、下には母さんもいるんですよ……?」



「ええ、そうね。でも大丈夫よ。私、なるべく声を抑えるようにするから」



「そ、そうですか……。ならまあ……って、いやいやいや!? そ、そういうことじゃなくてですね!?」



 そう説得するものの、ぐいぐい状態になってしまった雪菜さんを止めることは出来ず……。



「ふふ、じゃああの時の続きをしましょうか」



「ひいっ!?」



 俺はじりじりとベッド脇まで追い詰められてしまったのだった。



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