44話 ストレッチ


 湖ちゃん先輩の策略(?)で思いっきり恥を掻いたのはさておき。


 帰宅した俺はいつも通り姉さんの部屋に招かれていたのだが、



「ねえ、弟くん」



「あ、はい。なんでしょうか?」



 やはりいつも通り姉さんがトイレに立った際、雪菜さんにこんなことを言われていた。



「あのね、ちょっと〝お願い〟があるのだけれど」



 お願い……。



「婚姻届ならもう書きませんよ?」



 そう半眼を向ける俺に、雪菜さんはふふっとおかしそうに笑って言った。



「それはもう頼まないから安心してちょうだい。今回は別のことよ」



「ならいいんですけど……」



「ええ。あれは然るべき時まで私が責任をもって預かっておくから」



「はい、そうしてもらえると……って、うん?」



「で、頼みたいことというのはね――」



「い、いやいやいやいや!? その前に今〝預かっておく〟って言いましたよね!? え、あれ処分したはずじゃ……っ!?」



 どういうことだと困惑する俺だったが、思えば最後にあれを持っていたのは姉さんである。


 そう、つまり俺はあれがきちんと処分されているところを見てはいないのだ。



「とても有意義な取引だったわ。とある情報筋からね、お饅頭一つで手に入れたの」



 おいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?


 可愛い弟の将来を饅頭一つで売るとは一体どういう了見だこの野郎!?



「ちなみに隠し場所は私の下着入れの一番奥だから。一応教えておくわね」



 そしてそんなところを探せるわけないだろ!? と俺は内心全力で突っ込みを入れていたのだった。



      ◇



「……で、俺に頼みたいことってなんですか?」



 がっくりと肩を落としながら問う俺に、雪菜さんは相変わらず微笑んで言った。



「実はね、ちょっとストレッチを手伝ってもらいたいの」



「ストレッチ?」



「ええ。ほら私、結構おっぱい大きいでしょう? だから肩が凝りやすくて困ってるの。出来れば少し筋を伸ばしたいなって」



「あ、ああ、なるほど。まあ確かに大きいと凝るって言いますもんね」



「ええ、そうなの。だからちょっと伸ばすのを手伝ってもらえないかしら? もちろんお礼に私のおっぱいを揉んでもいいから」



「も、揉みませんよ!? い、いきなり何を言ってるんですか!?」



 真っ赤な顔で視線を逸らす俺をおかしそうに笑い、雪菜さんは言う。



「じゃあちょっとお願い出来るかしら?」



「わ、分かりました……」



 雪菜さんの言葉に頷いた俺は、彼女の指示に従って向かい合うように立つ。



「次は両腕を案山子みたいに大きく開いてちょうだい」



「こ、こうですかね?」



「ええ、そうよ。で、目を瞑るの」



「目を瞑る……」



「そうよ。なんかちょっとバランス的に不安を感じるでしょう?」



「え、ええ、まあ……」



「で、私がこれからあなたの身体を掴むから、あなたも力の限り私を掴み返して欲しいの。二人でバランスを取る感じね」



「な、なるほど? よく分からないですけど、とにかくバランスを取ればいいんですね?」



「ええ、そうよ。でも途中で絶対放しちゃダメよ? そしたら私、バランスを崩して倒れちゃうから」



「わ、分かりました。絶対放さないので安心してください」



 俺がそう頷くと、雪菜さんはどこか嬉しそうな声音で言った。



「ええ、絶対に放さないでね。じゃあ――行くわ」



「!」



 どんっ、と俺の身体に軽い衝撃が走り、腰回りがぎゅっと締めつけられる。


 なので俺も言われたとおり目の前の雪菜さんをぎゅっと両腕で抱くように掴んだのだが、



「……はあ、弟くん温かいわ……」



「……」



 って、これただのハグじゃねえかああああああああああああああああああっ!?


 がーんっ、とその事実に気づいた俺は、戸惑いながら雪菜さんに尋ねる。



「ちょ、雪菜さん!? す、ストレッチじゃなかったんですか!?」



「ええ、ストレッチよ。心のストレッチ」



 心のストレッチ!?



「い、いや、〝肩が凝る〟というお話だったのでは!?」



「ええ、そうね。でも今はとてもいい感じよ。きっと弟くんの胸に押しつけているおかげね」



 むにゅり、と雪菜さんがさらにおっぱいを押しつけてくる。



「ちょ、ゆ、雪菜さん!?」



「ふふ、覚悟してね、弟くん。私、絶対にあなたをその気にさせてみせるから」



「~~っ!?」



 そう言ってすりすりと甘えるように顔を擦りつけてくる雪菜さんに、俺はすでに〝その気〟になってしまいそうなのであった。



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