43話 お礼


 そうして今回の修羅場は一応の終息へと至り、俺は週明けの月曜、菓子折のどら焼きを手にアニ研の部室を訪れていた。



「こちらお納めください」



 ――すっ。



「ふむ、これはご丁寧にどうも。別に大したことはしていないのだが、そういう誠意はとても大事なものだと思うよ。ゆえにありがたくいただくとしよう」



 というより、と湖ちゃん先輩が椅子から腰を上げて微笑む。



「せっかく美味しそうなどら焼きがあるのだ。一緒にお茶の時間といこうじゃないか」



「あ、なんかすみません」



「いやいや、構わんよ。ちょっと待っていてくれたまえ。今お茶を淹れよう」



 ケトルでお湯を沸かしながら、「それで」と湖ちゃん先輩が尋ねてくる。



「結局キミはどちらと事に及ぶ気なのかね?」



「えっ!?」



「いや、だって〝一線を越える〟のが最終的な勝利条件なのだろう? であればいずれはどちらかとそういう行為に及ばねばならんだろうよ」



「い、いや、そうなんですけど……」



 顔を真っ赤にしながら口ごもる俺に、湖ちゃん先輩がふっと全てを悟ったように言った。



「分かっている。だが案ずることはない。たとえキミが〝短刀〟だったとしても彼女たちはそれを気にするような子たちじゃないさ」



「いや、そんな心配してませんよ!?」



 てか、誰が〝短刀〟だこの野郎!?


 なんなら見せたろかっつー話ですよ!?



「おや、そうなのかね? ふふ、まあ見栄を張りたいお年頃か……」



「……」



 とぽとぽとまるで母親のような顔でお茶を淹れる湖ちゃん先輩に、俺は割とマジで見せたろかというような感じなのであった。


 いや、まあそんな誇れるようなものでもないんだけど……。



      ◇



 湖ちゃん先輩の淹れてくれたお茶をずずずと啜りつつ、俺は先日から気になっていたことを彼女に問う。



「そういえば坂上のやつはどうなったんですか?」



「坂上? ああ、あのチャラ男くんか。彼ならばうちの若いしゅ……ちゃっぴーくんのお仲間たちで〝丁重に〟おもてなしをした後、お帰りいただいたよ」



「そ、そうですか……」



 てか、今〝若い衆〟って言わなかった? この人……。


 いや、まさかな……。


 でも思い返せばその着ぐるみの一人が俺たち三人を呼びに来た際、野太い声で「〝お嬢〟がお呼びです」って言ってたんだよなぁ……。



「あの、つかぬことをお伺いしますが、もしかして湖ちゃん先輩の実家って……」



「うん? はっはっはっ、大丈夫だよ。うちは別に反社会的でもなんでもないただの古い家だ。ただ世の中には〝容姿が怖い〟というだけでなかなか職にありつけない善良な人たちがいてね。それが私の手伝っている分野に多く配属されているというだけの話なんだよ」



「あ、なるほど。それは失礼しました」



「いや、構わないさ。まあ私に悪い虫がつかぬようあえて彼らを置いているのだろうが、その甲斐もあってか、今回はチャラ男くんにもきっちり反省を促すことが出来たからね。両親に感謝をせねばなるまい。――ああ、そうだ。彼の使用済みお漏らしパンツが保管されているのだがいるかい?」



「いやぁ……。それはいらないですね……」



 ははは、と変な笑いが漏れる俺。


 どうやらその様子だと相当丁重におもてなしされたらしい。


 まあいつも他人を怖がらせて不快な思いをさせてるんだから、たまには同じ思いをして小便の一つくらい漏らしてもらわんとな。


 なんなら大きい方もオプションでつけていただきたいくらいだし。



「そうか。キミがそう言うのであればあれは私の方で処分しておこう」



「すみません。お手数をおかけします」



 ぺこり、と頭を下げる俺に、湖ちゃん先輩がかぶりを振って言う。



「なに、大したことじゃないさ。……しかしそうだな。礼代わりというわけではないのだが、キミに一つ頼みたいことがあるのだがいいかね?」



「あ、はい。なんでしょうか?」



「うむ。ちょいとここにキミの名前を書いて欲しいんだ」



「?」



 そう言って湖ちゃん先輩が机の上に滑らせたのは、何やら名前を書くところだけが不自然にくり抜かれたA4サイズくらいの封書だった。



「……」



 おう、見たことあるぞこの封書。


 なので俺はすこぶる胡乱な瞳を湖ちゃん先輩に向けて言った。



「あの、こういう冗談はやめて欲しいんですけど……」



 が。



「冗談? 私は真剣だよ?」



「えっ?」



「キミを見た時にビビッときたんだ。私にはキミしかいないとね。だから私とともに歩んではもらえないだろうか? 私にはキミが必要なんだ」



「い、いや、いきなりそんなことを言われても……」



「ふむ、キミは私が嫌いかね? 私はキミが結構好きなのだがね」



「そ、そりゃ好きか嫌いかで言ったら好きですけど……」



「ふふ、ならば問題はあるまい。さあ、ここにキミの名前を書いてくれたまえ! そして私と一緒に覇道を歩もうじゃないか!」



 ずいっと封書をさらに進めてくる湖ちゃん先輩に、俺はこのまま流されてはダメだと声を張り上げて言ったのだった。



「い、いや、でも俺には雪菜さんと雫がいますから!? だ、だからすみませんけど、その婚姻届に名前は書けません!?」



 が。



「……婚姻届? いや、これはアニ研の入会届けなのだが……」



「えっ?」



 ぴらっと湖ちゃん先輩が中身を見せてくる。


 そこには確かに〝入会届〟の文字が書いてあった。



「……」



 いや、紛らわしいわ!?


 ならわざわざ隠す必要なかっただろうが!?



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