42話 勝負
「なるほど。それで鷺ノ宮さんとデートしていたというわけね?」
「……はい」
しょんぼりとベンチの真ん中で小さくなるのはもちろん俺である。
「まあ、そんなことじゃないかとは思ってたけど……」
そんな俺に小さく嘆息するのは、俺の左側に座っていた雫だ。
彼女はそのままぼそりと呟くように言った。
「てか、別に罪悪感だけで付き合おうとしたわけじゃないし……」
「えっ?」
それはどういう……、と俺が呆けていると、俺の右側に座っていた雪菜さんもまた嘆息して言った。
「とりあえず事情は分かったわ。弟くんのことだから何か理由があるんじゃないかとは思っていたけれど、まさか彼女があなたを傷つけた張本人だったとはね」
――ちらり。
「……それはその、本当にごめんなさい……」
気まずそうに視線を逸らす雫に、俺は「あ、いや……」とかぶりを振って言った。
「それはもう許してるから別にいいんだけど……」
「問題はこの二股状態をどうするか、ね。私としては全部誤解だったわけだし、このまま大人しく引いてもらえると嬉しいのだけれど?」
「……」
雪菜さんにそう言われ、雫が視線を逸らしたまま口を噤む。
しばしの沈黙が俺たちを包んだ後、やがて彼女は静かにこう言った。
「……嫌、です」
「えっ!?」
「〝嫌〟ってあなた……。つまりこのまま引くつもりはないと?」
その問いに、雫は「はい」と雪菜さんを見やって言った。
「確かにあたしは照を傷つけました……。でも、同時にあたしは照に救われたんです。いつも周りの顔色ばかり窺っていたあたしが、照といる時だけは自分らしく居られた。本当に楽しかった。ずっとこんな時間が続けばいいって、本気でそう思っていたんです」
「でもあなたは彼を裏切った! 自分の保身のために弟くんを笑いものにして傷つけたのよ!」
まるで自分のことのように憤りをぶつける雪菜さんの言葉に、雫は「……そうです」と悔しげに俯く。
「あたしは本当に最低の女だったと思います……。さっきだって、あたしはあいつの言葉を否定出来なかった……。照があたしを庇ってくれなかったら、きっとまた彼を裏切っていたと思います……」
「雫……」
俺の言葉に顔を上げた雫は、ふっと儚げに笑って言った。
「……遅れたけどありがとね。さっきのあんた、凄くかっこよかった。やっぱりあたし、あんたのことが好きなんだと思う」
「えっ……」
「あと、なんか最近当たり強くてごめん……。その、あたしに見せて欲しかった顔を白藤先輩にはいつも見せてるからさ……。凄く嫌な気持ちになっちゃって……」
「あ、いや、それは別に……」
つまり〝嫉妬されてた〟ってことだもんな……。
むしろ男としてはちょっと嬉しいというかなんというか……。
「――弟くん」
「ち、違うんです!? お、俺そういう経験がなかったから!?」
「あら、少なくとも私はあなたがほかの女の子とお話ししている時、いつも嫌な気持ちになっていたのだけれど?」
ぷくぅと可愛らしく頬を膨らませる雪菜さんに、俺は「そ、それはその、すみませんでした……」と謝罪する。
すると雪菜さんは、ふふっと意味深に笑って言った。
「大丈夫。その償いはこれからたっぷりしてもらうから」
「えっ!?」
一体何をされてしまうのかと俺が固唾を呑み込んでいると、「でもその前に」と雪菜さんが再び雫を見やって言った。
「正直、私は弟くんを傷つけたあなたを許していないし、信用してもいないわ。でもあなたが弟くんに救われ、彼に好意を抱いたというその〝思い〟だけは無下にしたくはない。何故なら私もあなたと同じく彼に心を救われたからよ」
「「!」」
「だからあなたに一度だけチャンスをあげる。でも正直な話、これはあなたにとって負け戦も当然よ? それでもいい?」
「はい、構いません」
「そう。なら私と勝負をしましょう。ルールは簡単――先に弟くんをその気にさせて一線を越えた方が勝ちよ」
「えっ!?」
ちょ、ええっ!?
「で、勝った方が彼の彼女になるの。どう? 分かりやすいでしょう?」
「そうですね。分かりました。一応聞きますけど、もしあたしが勝ったら照はあたしの彼氏ってことでいいんですよね?」
「ええ、構わないわ。その時はきっぱり身を引いてあげる。でもさっきも言ったとおり、これはあなたにとって負け戦よ? だって私たち、もう〝B〟までは済ませてあるのだもの」
ふふん、とその豊かな胸を張る雪菜さんだったのだが、
「あの、あたしたちも一応〝B〟は済ませてるっていうか……。〝A〟はまだですけど……」
「「えっ?」」
そ、そうだったーっ!?
俺、雫のおっぱいがっつり揉んでるんだったーっ!?
がーんっ、とショックを受ける俺に、当然雪菜さんは目の笑っていない笑顔で言ったのだった。
「あら、そうなの? 弟くん。私、そのお話は聞いていないのだけれど?」
「ひえっ!?」
いや、言えませんよそんなお話!?
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