36話 修羅場の予感4


 まあ痴漢……じゃなかった。


 たっくんのことはさておき、だ。


 とりあえず女の子ががっかりしそうなことに関してはなんとなく分かったし、あとは当日それを実行するだけだろう。


〝デートが楽しみ〟だと言ってくれた雫には本当に申し訳ない限りだけど、これが一番彼女を傷つけずに済む方法だからな。


 いつまでも俺のことで頭を悩ませて欲しくはないし、これで終わりにしようと思う。


 うん、と俺が内心覚悟を決めていると、「ねえ、弟くん」と雪菜さんがこう問いかけてきた。



「私に何か隠してることない?」



「えっ?」



 ちなみに姉さんはトイレ中である。



「い、いえ、とくには……」



「そう。ならいいのだけれど……」



 すんすん、と雪菜さんが何故か俺の匂いを嗅いでくる。



「あ、あの、雪菜さん……?」



 一体どうしたのだろうかと困惑する俺に、雪菜さんが目のハイライトを消して言った。



「……ほかの女の臭いがする」



 ひえっ!?


 いや、なんでいきなりヤンデレっぽくなったんだよ!?


 まだお母さんルート行ってないぞ!?



「き、きき気のせいでは!? も、もしくは姉さんか母さんの匂いとか!?」



「いえ、この臭いは違うわ。そうね、歳は弟くんと同じくらい……髪を明るく染めていて……胸もそこそこあるさばさばとした感じの女の子……」



「!?!?!?」



 え、匂いでそこまで分かるの!?


 ヤンデレ怖っ!?



「ねえ、弟くん。そんな子に覚えはない? きっとあなたの近くにいると思うのだけれど」



「はわわわわ……っ!?」



 ゆっくりと顔を近づけてくる雪菜さんに血の気が引く思いの俺だったのだが、



「ふふ、なんてね。冗談よ」



「えっ……」



 彼女は途端に微笑んで言った。



「だっていきなりデートでがっかりするようなことを聞いてくるなんておかしいもの。でも普通に聞いても教えてくれなさそうだし、ならちょっとヤンデレっちゃおうかなって」



「いや、そんな〝コンビニ行っちゃおうかな〟みたいなノリでヤンデられても……」



 がっくりと肩を落とす俺に、雪菜さんが「ごめんなさいね」とおかしそうに謝罪してくる。


 そして彼女はそのまま可愛らしく頬を膨らませて言った。



「でも弟くんが悪いのよ? 私に黙って鷺ノ宮さんと浮気しようとするから」



「い、いや、浮気ってそんな……。てか、よく雫だって分かりましたね? 俺、何も言ってないのに……」



「ふふ、当然でしょう? 女の子ってね、男の子が思っている以上にそういうことには敏感なのよ?」



「そ、そうなんですね……」



 お、女の子こわい……。



「ふふ、それはそうとね、弟くん」



「あ、はい。なんでしょうか?」



「どうして先日まで名字だった彼女を名前で呼んでいるのかしら?(ハイライトOFF)」



「ひえっ!?」



 あれ、これガチのやつでは!?



      ◇



 その後、姉さんの帰還によりなんとかナイスボートな展開を避けることが出来たのはいいのだが、



「あ~びっくりしたぁ~。ドア開けたら雪菜が井戸から出てきたおばけみたいな動きしてるんだもん」



「ふふ、驚かせてごめんなさいね。最近ちょっとヨガにハマってたから」



「……」



 あれをヨガで済ませるのやめてくれませんかね……。


 完全に呪いのからくり人形みたいになってましたけど……。


 そう顔を引き攣らせる俺のことなどつゆ知らず、雪菜さんが言った。



「それよりひよりにちょっと聞きたいのだけれど、どこかよそよそしい感じだったはずの男女がいきなり名字から名前で呼び合うようになった時って何があったと思う?」



「えっ?」「――っ!?」



 いかん!? と俺は一瞬で血の気が引く。


 雪菜さんが思った以上に怒っているというのもさることながら、それを聞いた相手があの姉さんだったからだ。


 恋愛経験に乏しい姉さんのことである。


 絶対素っ頓狂な答えを言ってさらに雪菜さんを怒らせるに違いないと、そう思っていた俺だったのだが、



「!」



 その時、ふと姉さんと視線が合い、彼女は全てを察したかのようにこくりと頷いた。


 ……どうやら俺は姉さんを誤解していたのかもしれない。


 いや、思い返せばそうだよな。


 雪菜さんを最初に連れてきたのは姉さんなわけだし、彼女との付き合いが一番長いのも姉さんなのだ。


 ならば雪菜さんの感情の変化を敏感に察せないはずがない。


 彼女が怒っているのなら、親友としてそれをいの一番に宥めようとするはずだ。


 そうだろう? 姉さん、と俺が表情を和らげる中、姉さんもまた優しい笑みを浮かべて言ったのだった。



「それは間違いなくえっちなことをしてますね」



 って、おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?


 やっぱりかこのアホ姉!? と思わずずっこけそうになる俺なのであった。



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