35話 修羅場の予感3
「とりあえずキミが彼女たちを傷つけたくないのは分かった。分かったからそんなシャチホコみたいなポーズで失神するのはやめたまえ。というか、どうやったらそんな恰好で気を失うことが出来るんだね?」
「――はっ!?」
いかんいかん。
あまりにも頭がこんがらがりすぎて、いつの間にやら意識が虚無の彼方へと飛んでいってしまっていたらしい。
「失礼しました……」
ぽんぽんと制服の埃を払いながら席へと戻った俺に、湖ちゃん先輩が「ふむ、こうなったら仕方あるまい」と人差し指を立てながら言った。
「なるべく鷺ノ宮くんを傷つけないよう〝お試し〟ということを理由に自ら嫌われに行くというのはどうだろうか?」
「と言いますと……?」
「うむ。確かキミは二人から〝お試しのお付き合いを申し込まれている〟と言ったね? であればそれを最大限利用し、〝自分と交際しても楽しくない〟ということをアピールするんだ。お試しであれば手を繋ぐということも拒否しやすいだろうしね」
「……なるほど。雫が傷つかない程度にがっかりさせて本気で付き合う気をなくすということですね?」
「ああ、そうだ。もちろんキミへの好感度はダダ下がりするが、それでも彼女を傷つけるよりはマシだろう?」
「ええ。嫌われるのは慣れてますからね」
はは……、と自嘲の笑みを浮かべる俺に、湖ちゃん先輩はふっと口元を和らげて言ったのだった。
「案ずるな。その時は私がキミをなでなでしてやろう。だから思う存分嫌われてくるといい。さあゆけ、陰キャ王! キミは我らがアニ研の希望だ、陰キャ王!」
「……」
いや、俺アニ研に入った覚えないんですけど……。
てか、〝陰キャ王〟ってなんだよ……。
◇
ともあれ、大体の方針は決まった。
雫も〝デートがしたい〟って言ってたし、タイミング的にもばっちりだ。
あとは当日に俺が色々とヘマをやらかして好感度を下げればいいだけのこと。
問題はどうやって好感度を下げていくかだが、そこは女子ががっかりするようなことをあらかじめリサーチしておくしかあるまい。
というわけで、放課後足早に帰宅した俺は、いつも通りうちに寄っていた雪菜さんと姉さんにさり気なく聞いてみることにした。
「デートの時に女の子ががっかりするような行動?」
「ええ。こう傷つくような感じじゃなくて、単純にがっかりするっていうか……」
「「……」」
二人してぱちくりと目を瞬き合った後、姉さんが小首を傾げながら言った。
「え、おなら?」
いや、出来るか!?
そんなもんぶっ放したら俺の方がトラウマになるわ!?
「で、出来ればもう少しマイルドなやつで頼めると……」
「そうね、やっぱり自分勝手だったりするとちょっとがっかりするかしら? 一応デートなわけだし」
「なるほど。確かにそうですよね」
「あとはいざという時に男らしくいて欲しいわ。ほら、人の多いところだとほかの人とのトラブルとかもあるでしょう?」
「ふむふむ」
確かにそういう時に逃げるような男だとがっかりっていうか、普通に幻滅されるよな。
「ふふ、まあ弟くんの場合は心配ないと思うのだけれど」
「え、あ、いや……」
意味深な視線を向けられ、思わずたじろぐ俺。
恐らくはカラオケでの時のことを言っているのだとは思うのだが、あれは勢いというかなんというか……。
「ね、姉さん的にはどうかな?」
恥じらいを隠すように俺は姉さんに話を振る。
が。
「姉さんもデートの時とか――」
と言ったところで俺はあまりにも残酷なことを聞いていることに気づき、謝罪する。
「……いや、ごめん。なんでもない」
「ちょっとぉ!? あ、あたしだってデートの一つくらいしたことあるわよ!?」
当然、ムキになって反論してくる姉さんに、俺は優しい微笑みで言う。
「いや、いいんだ。俺が悪かった。忘れてくれ」
「どういう意味よ!? あんたは知らないでしょうけどね!? 幼稚園の時に同じおもち組のたっくんがあたしにメロメロだったんだからね!? 毎日手繋いでたんだから!?」
いや、たっくん誰だよ。
てか、その手繋いでたのがデートとか言わないよな?
「……じゃあまあ一応聞くけど、そのたっくんのがっかりした行動ってなんだよ?」
「え、痴漢?」
「重いわ!? がっかりどころかどん引きだよ!?」
つーか、何してんだたっくん!?
「だ、だってしょうがないじゃん!? 気づいたら先生のおっぱいに張りついてたんだから!?」
「あ、ああ、幼稚園の時の話か……。いや、まあその歳なら仕方ないだろ? まだお母さんのおっぱいが恋しい時だろうし」
「いや、あんたもあれを見たら考えを改めるわ……。あの〝ふひひ、ええ乳しとるのぉ姉ちゃん(じゅるり)〟みたいな顔でおっぱいに顔を埋めるたっくんの姿を見たらね……」
「えぇ……」
たっくんェ……。
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