32話 恋のABC


 その後、なんとか雪菜さんを落ち着かせた俺は、夕焼け映える空のもと、彼女とともに駅への道を歩いていた。


 色々とハプニングはあったが、なんだかんだ言いつつも結構楽しかった気がする。


 雪菜さんもさっきから凄いご機嫌だしな。


 機会があったらまたお邪魔させてもらいたいものである。


 と。



「ふふ、今度は絶対最後までしましょうね? 私、いっぱいご奉仕するから」



「ちょ、ちょっと雪菜さん!? だ、誰かに聞かれたらどうするんですか!?」



「あら、別にいいじゃない。私たちもう恋人同士なんだし」



「……えっ?」



 あ、あれ、そうだったっけ……? と困惑する俺と腕を組み、雪菜さんが「当然でしょう?」と上目を向けて言った。



「だってお母さんにも紹介したし、一緒にベッドインまでしたのよ? こんなのもう完全に恋人じゃない」



「い、いや、でもまだ何もしていませんし……。というか、先日のお返事もまだですし……」



 そう辿々しく言う俺に、雪菜さんはふふっと勝ち誇ったような笑みを浮かべて言った。



「何を言っているの? 弟くん。私たち、もう〝B〟までは済ませてあるのよ?」



「えっ!?」



 そ、そんな覚えはこれっぽっちもないぞ!?


 い、いつの間にそこまで行ったんだ!?


 言わずもがな、〝B〟とは〝恋のABC〟の中の〝B〟――つまりは〝ペッティング〟と呼ばれる行為のことである。


 要はおっぱいを揉むなど、最後の一線を越える直前までの行為のことだ。


 だが俺は〝A〟のキスですらした覚えがないのだが、一体どういうことなのだろうか。


 分からん……、と俺が頭を悩ませていると、雪菜さんが相変わらず腕を組んだまま言った。



「ふふ、よく思い出してみてちょうだい。以前ゲームセンターで私の頬にキスをしてくれたでしょう? あれが〝A〟よ」



「ええっ!? あれカウントされるんですか!?」



 驚く俺に、雪菜さんは「もちろんよ」と頷いて続ける。



「そしていつもおっぱいに顔を埋めさせてあげてるから〝B〟もクリア。ほら、もう完全に恋人ムーブでしょう?」



「そ、そんな馬鹿な……」



 お、俺の知ってる〝ABC〟と違う……、とたじろぐ俺に、雪菜さんが「ちなみにね」とさらに追撃をかましてくる。



「最近では〝ABC〟よりも〝HIJK〟の方が主流になっているらしいわ」



「HIJK……?」



 え、何それ?



「ええ。〝H(えっち)〟して〝I(愛)〟が生まれて〝J(ジュニア)〟が出来て〝K(結婚)〟する、みたいな?」



「な、ななな……っ!?」



 まさかの返答に思わず言葉を失う俺。


 な、なんだその風紀の乱れはーっ!?


 なんでいきなり〝H〟から始まるんだよ!?


 普通は手を繋いだりキスするところからだろうが!?


 え、今時の陽キャの方々はそんな感じなの!?


 嘘ぉ!?



「――っ!?」



 と、そこで俺は思い出す。


 先日なんの前触れもなく鷺ノ宮さんがおっぱいを触らせてきたということを。


 も、もしかしてあれは〝とりまえっちしてから考えよっか?〟的なことだったのではーっ!?


 元々陽キャグループにいた鷺ノ宮さんのことだ。


 雪菜さんの話が本当ならその可能性は十二分にあり得る。


 そして鷺ノ宮さんが何故あんな行動に出たのかの説明もつく。



 ――そう、彼女にとっては〝H〟から入るのが普通のことだったのだ!



 は、はわわわわ……っ!?


 ふ、風紀が、風紀が乱れておる……、と最近の若者の恋愛事情に愕然とする俺だが、当然そんな関係を是としていいはずがない。


 ゆえに俺は後日鷺ノ宮さんにいくらなんでも〝H〟から入るのはよくないと思うと諭しに行ったのだが、



「そ、そんなこといきなりするはずないでしょ!? ば、馬鹿じゃないの!?」



 と何故か真っ赤な顔で怒られてしまったのだった。


 あ、あれぇ……?



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