26話 婚姻届


 そうして帰宅した俺は、適当な理由で姉さんに熱々の肉まんを渡してやった。


 当然、肉まん大好きっ子の姉さんは「わーい♪ 皆のお茶用意してくるー♪」とうっきうきで一階に下りていったのだが、そんな彼女の姿を微笑ましげに見送った後、ふと雪菜さんが言った。



「ねえ、弟くん。ちょっとお願いがあるのだけれど」



「あ、はい。なんでしょうか?」



「ここにね、弟くんの名前を書いて欲しいの」



「?」



 そう言って雪菜さんが机の上に滑らせたのは、何やら名前を書く欄だけが不自然に見えるようにくり抜かれたA4サイズくらいの封書だった。



「……あの、これ名前書いたら数分後に死ぬタイプのノートとか入ってませんよね?」



「まさか。そんなものが現実的にあるはずないでしょう? だから安心してちょうだい。ちゃんとお役所でもらってきたものだから大丈夫よ」



「いや、ならいいんですけど……」



 かきかきと俺は言われたとおりに自分の名前を書き込む。


 しかしなんでまたお役所に……って、うん?


 俺の署名が必要なお役所の書類……?



「あの、雪菜さ――」



 ――しゅばっ!



「――っ!?」



「あら、何かしら?」



 目にも止まらぬ速さで書類を鞄に詰め込んだ後、雪菜さんが何ごともなかったかのように微笑む。


 そんな彼女に俺は半眼を向けて言った。



「〝何かしら?〟じゃないですよ……。いいから早く出してください――その〝婚姻届〟を」



「え、そんな気が早いわ……。あと三年……いえ、二年半待ってちょうだい……」



「いや、〝お役所に出せ〟ってことじゃないですよ!? 〝処分するから返せ〟って言ってるんです!?」



「でも将来的には必要になるでしょう? だからここは一つ私のおっぱいに免じて見逃してはもらえないかしら?」



 ――たゆんっ。



「えっ?」



 いや、〝えっ?〟じゃねえよ!?


 思わず見逃しそうになった自分に驚きだわ!?


 これだからおっぱいは!?



「だ、ダメです! た、たとえそんな魅力的な提案をしてきたとしても、俺の将来に関わることなんですから!」



 と。



「そんな魅力的だなんて……。嬉しいわ、弟くん……」



「あ、いえ……」



 ……。


 いや、返せよ!?



      ◇



「はあ、はあ……」



 その後、「もう、強引なんだから……」と何故か触ってもいないのに若干制服がはだけている雪菜さんから婚姻届をなんとか取り返した俺だったのだが、そこで最悪の事態が起こってしまった。



 ――ひょいっ。



「何これ? なんの書類?」



「ほげえっ!?」



 そう、まさかのタイミングで姉さんが戻ってきたのである。


 しかも背後から婚姻届が入った封書を奪い取るというおまけ付きで、だ。



「ちょ、姉さん!? そ、それは大事な書類だから!?」



 と、一応の抵抗は見せたものの、そんなもので好奇心の塊のような姉さんを止められるはずもなく……。



「はっはーん、さてはえっちなやつね? どうせあれでしょ? そういういやらしいのをあたしや雪菜に見せて恥じらうところが見たい的な……って、うん? 婚姻届……?」



 ひぎぃっ!?


 まじまじと婚姻届を見やる姉さんに堪らず魂が抜けかける俺だが、(……い、いや、まだだ!)となんとか踏み留まる。


 そう、確かにそこには俺の名前が書かれているが、雪菜さんの名前が書かれているとは限らないのだ。


 であればそれはただ俺の名前が書かれているだけの婚姻届であり、授業の教材だとでも言えばいいだけのこと。


 まだいくらでも誤魔化せる可能性があるのである!


 頼むぞ、雪菜さん!


 が。



「ねえ、なんであんたと雪菜の名前が書いてあるの?」



 ゆ、雪菜さあああああああああああああん!?


 がっくりと崩れ落ちる俺。


 いや、分かってたけどさ!?


 さっきの抵抗具合を見る限り絶対書いてあるだろうなって!?



「ち、違うんだ姉さん!? こ、これには深いわけが……って、うん?」



 そこでぽんっと俺の肩に手を置いた姉さんは、ふっと全てを悟ったように微笑んで言ったのだった。



「大丈夫。お姉ちゃん、全部分かってるから。でも今度書く時はお姉ちゃんの名前にしときなさいね、このおませさん」



「……」



 ぜ、全然分かってない上にうぜえ……。



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