25話 オタサーの姫
というわけで、翌日の放課後。
未だ解決策が見出せていなかった俺は、とりあえず今後姉さんに変なことを吹き込まないよう告げるべく、アニ研の部室を訪れていた。
言わずもがな、アニ研とは〝アニメ研究部〟の略である。
まあ研究とは名ばかりで、要はアニメ好きな人たちの集まりだとでも思ってくれればいい。
どこか懐かしさすら覚えるその門扉をこんこんっと二度ほど叩く。
『どうぞ。入ってくれ』
すると女性の声で返事があったので、俺は「失礼します」と一言断ってからスライドドアを開けたのだが、
「あなたのハートにぷるぷるキュート♪ 魔法少女ぴぴりんぷぷるん華麗に見参♪」
――ばたんっ。
二秒で閉めた。
いかんいかん、ここがそういう場所だったのすっかり忘れてた。
そういえば例の一件があってからアニメもまともに観てなかったからなぁ……、と俺が自分の陰キャレベルが思ったよりも下がっていたことにややショックを受けていると、
――がらっ。
「やあ、入会希望かい?」
「ひいっ!?」
ぴぴりんぷぷるんの方からドアを開けてきやがったのだった。
◇
「そうか、キミはひよりくんの弟君か」
「え、ええ、そうです……」
ことり、とお茶の入った湯飲みを俺の前に置きながら、件の魔法少女が嬉しそうに笑う。
がっつりゆるふわ系のコスプレをしてはいるものの、彼女の顔立ちは端正に整っており、背筋もまるで武道でもやっているかのようにぴんっと伸びていた。
雪菜さんや鷺ノ宮さんとはまた違ったタイプの勇ましい美人さんである。
てか、なんでそんな美女がこんなところに……、と呆ける俺の向かいに座り、女性は両手を目の高さで組んで言った。
「では改めて自己紹介といこうか。はじめまして、弟くん。私は二年の
「……」
いや、自分でオタサーの姫言っちゃったよ……。
というか、〝湖ちゃん〟ってこの人かよ……。
「で、キミは入会希望ということでよろしいかな?」
「あ、いえ、そういうわけではなく……。ちょっと部長さんに聞きたいことというか、言いたいことがありまして……」
「ほう、この湖ちゃんに物申すと言うか。よかろう。ならば思いの丈を存分にぶつけるがいい、この湖ちゃんにな!」
どうしても〝湖ちゃん〟って呼ばせたいんだな、この人……。
「その、部ちょ……湖ちゃん先輩は姉さんと親しいんですか?」
「ああ、もちろんだ。彼女が様々な部活の助っ人をしていることはキミも知っているだろう?」
「ええ、まあ……」
「実は私も彼女には助けられた口でね。このアニ研が廃部寸前だった際に勧誘活動を手伝ってもらったことがあるんだ」
「ああ、なるほど。姉さんなら適任ですね」
無駄にコミュ力おばけだからな。
アホには変わりないんだけど、それでもこうやって廃部の危機を救ったりと、誰かの助けになれたのなら弟として誇らしい限りだ。
「うむ。このアニ研〝同好会〟の長として、ひよりくんには非常に感謝しているよ」
「……うん?」
って、がっつりサークル落ちしてるうううううううっ!? とまさかのオチに思わずずっこけそうになる俺なのであった。
◇
その後、とりあえず気を取り直して本題に入ることにした俺に、湖ちゃん先輩は「はっはっはっ」とおかしそうに笑って言った。
「なるほど。ひよりくんに変なオタ知識を吹き込むのをやめて欲しいときたか。それはすまなかったね。彼女があまりにも熱心に聞いてくれるものだからつい嬉しくてね」
「いえ……」
問題はそのつい嬉しく話したエロゲーの知識を現実のものだと思い込んでるところなんだけどな……。
いや、でもそう考えるとうちのアホ姉にも責任の一端がある気が……、と黄昏れたような表情になる俺に、「でもね」と湖ちゃん先輩は優しい声音で言った。
「彼女がそれを求めたのは、ほかでもないキミのためなんだよ? 弟くん」
「えっ?」
それは一体どういう……、と呆ける俺に、湖ちゃん先輩は相変わらず微笑みながら続けた。
「いつの頃だったかな。ある日突然ひよりくんが部室を訪れて言ったんだ。〝何か弟が元気になれるようなアニメ知識を教えて欲しい〟ってね。キミのことを随分と心配している様子だったよ」
「そんなことが……」
全然知らなかった……。
確かに時折不自然にアニメの話題を振ってくることがあったけど、まさか俺を元気づけるためにわざわざアニ研にまで足を運んでくれていたとは……。
「ふふ、弟思いの少々抜けた姉と、そんな姉を煙たがりつつも心配してこんなところまで乗り込んでくる弟か。よい姉弟じゃないか」
「べ、別に心配とかしてませんし!?」
真っ赤な顔で反論する俺に、湖ちゃん先輩は「ふふ、まあそういうことにしておこう」とどこか嬉しそうに笑っていたのだった。
……まあ、あれだ。
帰りに姉さんの好きな肉まんでも買っていってやるかぁ……。
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