20話 練習4


 そうして紆余曲折の末、ついに姉さんの口から彼女の名前が出る。



「……あれ? もしかして雪菜も当てはまってるんじゃない?」



「え、私? 確かに言われてみればそうかもしれないけれど……。でも分かったわ。結婚しましょう」



「いや、早い早い早い……」



 今まで散々焦らされたせいか、色々と我慢出来なくなっている様子の雪菜さんに、俺がそう突っ込みを入れていると、姉さんが腕を組み、「う~ん……」と眉間にしわを寄せて言った。



「でも雪菜かぁ~……」



「そうよね……。私なんかが弟くんと釣り合うはずないわよね……」



 ――ちらっ。



「私なんて胸だけが取り柄の地味な女だし……」



 ――ちらっ、ちらっ。



「……」



 あの、そう思ってるんならそのポーカーの世界王者みたいな顔で姉さんの反応窺うのやめてもらえませんかね?


 高度な心理戦じゃないんだからさ……。



「いや、別に雪菜になら全然照を任せられるっていうか、むしろビジュアル的には照の方が五回くらい生まれ変わってこいって感じなんだけど……」



「おい」



 それが実の弟に対して言う言葉か。


 てか、そんなに酷くはないだろ!?


 個人的には中の下くらいだと思ってるんだぞ!?


 そんな俺の抗議の視線を華麗にスルーし、姉さんは真顔でこう言いやがった。



「逆に雪菜を照に任せられるイメージがまったく湧かないっていうか……。だってこの子もやしみたいに頼りないし」



「「……」」



 もやし……、と俺が微妙にショックを受ける中、雪菜さんは優しく微笑んで言った。



「大丈夫よ、ひより。だって私、もやし炒め大好きだもの」



 違う、そうじゃない。


 そうじゃないんです、雪菜さん。


 そんな慈しみに溢れた顔でアホみたいなこと言わんでください。



「あ、分かるー! 美味しいよね、もやし炒め!」



 そしてあんたも少しは突っ込めよ!?


 なんで普通にもやし炒めの話になってんだよ!?


 アホなのか!? アホなんだな!? と俺が内心実の姉をアホ認定しようとしていると、雪菜さんが「ええ、とっても」とやはり微笑みながら頷いて言った。



「でもどうしてもやし炒めが美味しいかといえば、それをきちんと調理したからにほかならないわ。フライパンに油を引いて、お塩や胡椒、ごま油なんかで味つけをしたからこそ美味しくなるの。つまりたとえ今弟くんがもやしみたいに頼りがなかったとしても、お付き合いをした彼女さんが彼をもやし炒めに成長させればいいだけの話なのよ」



「――っ!?」



「な、なるほど! 確かに雪菜の言うとおりかも! 彼女さんが頼りがいのある男にさせればいいんだよね!」



 納得したように姉さんが頷く中、俺は雪菜さんの軌道修正力に愕然としていた。


 まさかもやし炒めをここまで説得力のある感じにまとめるとは思いもしなかったからだ。



「ふふっ」



「くっ……」



 これで外堀が一つ埋まったわね、みたいな顔をする雪菜さんに、俺がぐぬぬと唇を噛み締めていると、姉さんが全てを察したように頷いて言った。



「あたし、やっと分かったよ。照を任せられるのはやっぱり〝彼女〟しかいないってことが」



「ひより……」



 姉さんに視線を向けられ、雪菜さんが感極まったように瞳を潤ませる。


 すると、姉さんはふっと表情を和らげた後、ぐっと親指を立てて言った。



「――やっぱ頼りがいと言えば桜井先生(38歳独身)だもんね!」



「「……」」



 何が分かってたんだろう、この人。



 ――がしっ。



「そうじゃないでしょう? ひより。そもそも今は私の話だったはずでしょう?」



「あ、あれ……? そ、そうだったっけ……?」



 またもやぎちぎちと雪菜さんに両肩を掴まれた姉さんは、その威圧感を前に滝汗が止まらなそうなのであった。


 いや、でもまあ確かに桜井先生の指導を受けたら細マッチョくらいにはなれそうな気が……って、そういう話じゃないわな……。



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