17話 練習1


「あんたってさ、彼女とかいないの?」



「……はっ?」



 カラオケ店での一件から数日後。


 いつものように三人で談笑中、ふと姉さんがそんなことを問うてきて、思わず俺は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまった。



「てか、雫ちゃんは彼女じゃないの?」



「いや、違うし……。てか、いきなりなんだよ……」



 そう半眼を向ける俺に、姉さんは「だってさ」と続ける。



「彼女でもいれば、根暗なあんたでももっとぱっとしたような感じになるかもしれないじゃん?」



「なあ、姉さん。〝余計なお世話〟って知ってるか?」



「余計じゃないし! てか、可愛い弟の心配をして何が悪いのさ!?」



「いや、心配って……」



 というか、それ以前に俺は〝可愛い弟〟だったのか。


 もう15年以上一緒にいるのだが、そんな実感がまるで湧かないのは何故だ。


 と。



「でも確かに弟くんには彼女が必要だと私も思うわ。弟くんのことを誰よりも愛してくれる年上の彼女が」



 雪菜さんまで姉さんの意見に同意してきた。



「だよね! ほら、雪菜だってそう言ってんじゃん! やっぱりあんたには必要なんだって! あんたのことを心から大切にしてくれる年上の彼女がさ! ……って、うん? 年上?」



 さすがの姉さんもそこには引っかかったらしいのだが、もちろん雪菜さんに抜かりなどあるはずもなく……。



「ええ、そうよ。だって弟くん、お姉ちゃん大好きっ子だし」



 と、若干ブラコン気味の姉さんの扱いをよく分かっているようだった。


 てか、一応俺の名誉のために言わせてもらうけど、別にお姉ちゃん大好きっ子じゃないです。



「そ、そっかぁ~! 実はあたしもそうなんじゃないかなって思ってたんだよねぇ~! まったくどんだけあたしのこと好きなのよ、この姉ラヴぅ~!」



 このこの! と姉さんがにやにやしながら肘で小突いてくる。


 ウザい。


 これはウザい。


 そして〝姉ラヴ〟ってなんだよ。


 むしろあんたが弟ラヴなんだろ……、と嘆息しつつ、俺は雪菜さんにも半眼を向ける。



「うふふ」



 俺の視線に気づいたらしい雪菜さんは、なんとも可愛らしく微笑んでいた。


 くそ、無駄に可愛い顔で微笑みおってからに……。


 つーか、どうしてくれるんだよ、この空気。


 姉さんががっつりその気になってるじゃねえか。


 はあ……、と俺が再度小さな息を吐いていた時のことだ。



「よし! これはもう彼女が出来た時のために色々と練習するしかないわね! むしろあたしの心の準備的にもやっておいた方がいいと思うの! 絶対にないとは思うけど、ボンッキュッボンッのハリウッドセレブみたいなのが来たらお姉ちゃん卒倒すると思うし!」



「そんなの俺も卒倒するわ!? ……てか、姉さん。二回目だけど〝余計なお世話〟って――」



「というわけで、雪菜先生お願いします!」



 いや、話を聞け、アホ姉。



「あら、私なんかでいいの? なんだか恥ずかしいわ」



 そして雪菜さんは雪菜さんで白々しいな、おい。


 むしろあんたがその流れに持っていったんだろうが。


 そんな俺の視線などつゆ知らず、雪菜さんは俺の正面に座り直す。



「じゃあはい。恋人らしく雪菜に声をかけてみなさいな。〝今日も可愛いね〟みたいに」



「いや、そう言われても……」



 ちらり、と雪菜さんを見やると、彼女はいつでもどうぞと言わんばかりに余裕の微笑みを浮かべていた。


 ぐぬぬぬぬ……っ。



「や、やあ、今日もお綺麗ですね」



 とりあえず言われたとおり声をかけてみる。


 俺的にはなかなかの出だしだと思っていたのだが、



「うわ、キモッ」



「……」



 どん引きしたような姉さんの物言いに、お前が言わせたんだろと内心拳をぷるぷる握っていたのだった。



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