16話 カラオケ4
「やっぱ雪菜歌超上手いねー。マジで歌手目指した方がいいんじゃないの?」
「あら、褒めても何も出ないわよ?」
ぱちぱちと拍手の音が室内に響く中、美声を披露し終えた雪菜さんが恥ずかしそうに席へと戻る。
そんな彼女に、俺も感嘆しながら言った。
実は彼女の歌声を聞いたのははじめてだったからだ。
「いや、でも本当に凄かったです。もしかして何か声楽系の部活にでも入ってたんですか?」
「まさか。ただ中学の時にちょっとね。無性に歌いたい時があって、よくカラオケに一人で来ていたの」
「ああ、なるほど」
そこでめちゃくちゃ練習したというわけか。
確かに雪菜さんならビジュアルもいいし、アイドルとか普通にいけるんじゃないだろうか。
絶対人気出ると思う。
うんうん、と一人頷いていた俺だったのだが、
「くっ……」
「……うん?」
何やら鷺ノ宮さんだけは不満そうに見えた。
もしかしたら彼女も歌にはそこそこ自信があったのかもしれない。
デュエットではあったけれど、確かに鷺ノ宮さんも上手かったからな。
でも雪菜さんの圧倒的歌唱力を前に思わず怯んでしまったのだろう。
ただまああれを聴かされたら誰だってビビると思う。
俺なんて次歌う気完全に失せてるし……。
というか、皆上手すぎてすでに帰りたくなってきてるんだけど……。
はあ……、と俺が人知れず肩を落としていると、雪菜さんがマイクを差し出しながらこう言ってきた。
「はい。じゃあ次は弟くんの番ね」
ひいっ!?
「え、えっと、その前にちょっとおトイレに行ってこようかなと!? なのでお先にどうぞ!?」
そう言って、俺は逃げるように部屋を出ていこうとする。
が。
「あ、ちょっと待って。なら私も行くわ」
「えっ!?」
まさかの雪菜さんがついてきてしまった。
何故このタイミングでという感じなのだが、もしかしてまた何か変なことでも仕掛けてくるつもりなのだろうか。
そう警戒しながらトイレへと向かったものの、
「じゃあまたあとでね」
「あ、はい……」
とくにそんな素振りはなく、雪菜さんは女子トイレへと入っていく。
「ふい~……」
さすがに考えすぎかと俺も普通に用を足し、雪菜さんが出てくるのを待つ。
「お待たせ。じゃあ戻りましょうか」
「ええ」
そうして雪菜さんと合流した俺は、そのまま皆の待つ部屋へと戻ろうとしたのだが、
「――あれ、白藤じゃない?」
「「!」」
その時、ふいに同年代と思しき一団とばったり出くわし、俺たちは足を止める。
どうやら向こうは雪菜さんのことを知っているみたいだし、もしかしてクラスメイトか何かだろうか。
と、そんなことを考えていた俺だったのだが、
「……行きましょう、弟くん」
「え、ちょ、雪菜さん!?」
雪菜さんはとくに挨拶を交わすこともなく、俺の手を引いて早々にその場を立ち去ろうとする。
なので俺もされるがまま彼女のあとをついていったのだが、
「また違う男連れてるし。どんだけ男好きなのよ、あいつ」
「!」
ふとそんな陰口が聞こえ、俺は思わず足を止めてしまう。
「……弟くん?」
雪菜さんが困惑したように振り返る中、彼女への陰口はさらにエスカレートしていく。
「てか、よくあんなぽんぽん男を変えられるよね? ちょっと見た目がいいからって調子に乗りすぎなんじゃないの?」
「だよねー。サッカー部の上条先輩とか、バスケ部の真田くんとも同時に付き合ってたっていうし、マジ性欲猿並みかってーの」
「しかも先生までたらし込んでたって言うじゃん? だからいっつも成績上位だったって」
「うわ、マジ引くわー。てか、あんなゴリラとえっちするとか絶対無理だし。キモッ」
「あははははっ♪」
「……」
……なんだこれ。
なんで雪菜さんがあんな酷いことを言われなくちゃいけないんだ?
男好きで性欲が猿並み?
しかも先生をたらし込んだ?
雪菜さんが?
デタラメ言うのもいい加減にしろよ。
確かに雪菜さんは美人だし、思わせぶりにからかってくることだってしょっちゅうあるさ。
でもな、雪菜さんは本気で人が傷つくようなことは絶対しない人なんだよ。
そういう優しい人なんだ。
「……っ」
その曇った目でよく見てみろよ。
今だって無言で必死に耐えてるじゃねえか。
あんたらに好き勝手言われても、言い返せば俺に迷惑がかかるからって、身体を震わせながら必死に耐えてるんだぞ。
そんな優しい人があんたらの言うクソ女なわけねえだろうが。
「――あのちょっといいですか?」
「「「「えっ?」」」」
だから俺は彼女たちに言ってやった。
どうしても我慢がならなかったからだ。
「あなたたちが彼女の何を知ってるのかは知りませんけど、大事な姉の友人を悪く言うのはやめてもらえませんか?」
「え、いや、あたしたちは別に……」
「きっとあなたたちにとっては嫌な相手なんだと思います。でも俺にとっては大事な人なんです。別に謝れとは言いません。ただそういうことは俺たちのいないところで言ってください。もの凄く失礼だし、それに何より不快です」
「「「「……っ」」」」
俺の気迫に押されたのか、恐らくは元同級生と思しき方々がなんとも気まずそうな顔をする。
しばらくそんな空気が俺たちを包んでいたかと思うと、彼女たちはやはり気まずそうに「い、行こ?」とその場を去っていった。
「……ふう」
あれは絶対あとでボロクソ言われるんだろうなぁ……、と俺が小さく嘆息していると、
「……ありがとう、弟くん」
雪菜さんがそう声をかけてきた。
「いえ、俺は別に……」
なので俺は大したことはしていないと首を横に振りながら振り返ったのだが、
「あなたはいつも私を救ってくれるのね」
「えっ?」
雪菜さんは薄らまなじりに涙を浮かべながらも嬉しそうにそう微笑んでいた。
「え、えっと、前にもこんなことありましたっけ?」
当然、ほかに何か彼女を庇った覚えのない俺は、そう小首を傾げていたのだが、
「ふふ、どうかしらね」
と、雪菜さんはやはり微笑み続けていたのだった。
※読んでくださって本当にありがとうございます!
なるべくコンスタントに続けていこうと思いますので、ブックマークや☆評価などで応援してもらえたら嬉しいです!
どうぞよろしくお願いします!m(_ _)m
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます