10話 下校1
当然、その後の授業などはほとんど頭に入るはずもなく、そんなこんなで迎えた放課後。
「なんか今日は妙に疲れたな……」
そう嘆息しながら俺が下駄箱で靴を入れ替えていた時のことだ。
「――弟くん」
「……うん? ――げっ!?」
またもや雪菜さんと遭遇してしまった。
昼休みにあんなこともあったので気まずいったらありゃしないのだが、どうしてそういう時に限ってばったり出会ってしまうのだろうか。
驚きの表情で固まる俺に、雪菜さんはぷくぅと可愛らしく頬を膨らませて言った。
「あら、その反応はさすがに傷つくわ」
「す、すみません……。ちょっとびっくりしちゃって……」
「ふふ、冗談よ。弟くんは今からお家に帰るのかしら?」
「ええ。雪菜さんは姉さん待ちですか?」
いつも一緒に帰ってるみたいだし、なんならそのままうちに寄っていくのではないか――そう思っての問いだったのだが、
「いえ、それが今は大会前で忙しいみたいでね。残念ながら今日は一人なの」
「あ、そうだったんですね」
どうやら雪菜さんもこのまま下校するようだ。
まあそういう日もあるよな。
と。
「ええ。だから大好きな弟くんと一緒に帰りたいなって」
「えっ!?」
いきなりそんなことを言ってきた雪菜さんに、またもや固まる俺。
すると、雪菜さんは「……ダメ、かしら?」と不安そうに上目を向けてきた。
くっ、なんという思わせぶりな表情……っ。
だが負けるな、俺!
ここ最近はすっかり雪菜さんのペースに乗せられっぱなしだが、いつまでも彼女のいいようにされているわけにはいかない。
鷺ノ宮さんの時だって、そうやって乗せられまくった挙げ句、あんなことになったのだ。
ここでガードを崩してなるものか。
よし、と内心決意を固めた俺は、申し訳なくもお断りしようとしたのだが、
「ところで、私誰かに唇を奪われたのははじめてだったのだけれど」
「ぶふぅーっ!?」
突如雪菜さんがそんなことを言い出し、思わずむせ込んでしまった。
「ちょ、誤解を招くような言い方をしないでください!? たまたま間違って蓋に口をつけちゃっただけじゃないですか!?」
てか、なんでこのタイミングでその話を持ち出したんだよ!?
おかげでさっきまで固めていた決意やらなんやらが一気に吹き飛んじまったじゃねえか!?
「あら、でもキスしたことに変わりはないでしょう?」
「〝間接〟をつけてください、〝間接〟を!? てか、わざとやってません!?」
俺の突っ込みに、雪菜さんはふふっと笑いながら謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい。弟くんの反応があまりにも面白いからつい調子に乗ってしまったわ」
「いや、まあ別にいいんですけど……」
はあ……、と俺が疲れたように脱力していると、雪菜さんは「ちょっと待っててね」と一旦姿を消し、上靴からローファーに履き替えて戻ってきた。
「じゃあ帰りましょうか。いつまでもここにいたらほかの人の迷惑になっちゃうし」
「えっ? あ、ああ、そうですね。分かりました」
確かに今は下校時だからな。
人通りもそこそこ多いし、早々に靴を履き替えてっと……。
「……うん?」
そこでふと何かを忘れているような気がした俺だったが、そんな俺に雪菜さんがこう言ってくる。
「そういえば、私以前から〝ゲームセンター〟というところにちょっと寄ってみたかったのだけれど、よかったら付き合ってもらえないかしら?」
「え、ええ、いいですよ。確か商店街の方にあったはずですし」
「ふふ、ありがとう。嬉しいわ」
「いえいえ。でもちょっと意外です。雪菜さんもゲーセンとか興味あるんですね」
「ええ。以前建物の前を通った時に可愛らしいぬいぐるみを見つけてね。クレーンのゲームなのだけれど、取れたら嬉しいなって」
「お、なら俺がちょっと挑戦してみますよ。クレーンゲーは割と得意なんで」
「あら、じゃあ期待しちゃおうかしら?」
「ええ、任せてください」
こくり、と大きく頷く俺に、雪菜さんも嬉しそうな顔をしていたのだった。
……って、あれ?
な、何を普通に談笑しながら帰ってるんだ俺はーっ!?
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