9話 お弁当


 というわけで、雪菜さんと昼食を摂ることにした俺は、お弁当持ちの彼女に合わせるため、何か購買でパンでも買ってこようとしたのだが、



「別に何も買う必要はないわ。だって弟くんの分も用意してあるもの」



「えっ?」



 何故か彼女は首を横に振り、俺の分のお弁当を差し出してきてくれたではないか。



「ま、まさかわざわざ俺のために……?」



 思わず胸を高鳴らせる俺。


 夢にまで見た女の子からの手作り弁当が今目の前にあるのだ。


 そりゃ胸の一つも高鳴るというものである。


 が。



「ふふ、もちろんよ――と言ってあげられたらよかったのだけれど……ごめんなさいね。それはひよりの分なの」



「あ、姉さんの……」



 ですよねー……って、何を期待してたんだ俺は!?


 いかんいかんとかぶりを振りつつ、俺は雪菜さんから事情を聞く。


 なんでも姉さんと雪菜さんでお弁当の作り合いっこをしていたらしく、今日は雪菜さんが作ってくる日だったのだとか。


 しかし姉さんに急な部活の予定が入り、ゆっくりとお弁当を食べている時間がなさそうだったので、ならばと俺に白羽の矢が立ったというわけである。


 そういえば、最近よく朝方キッチンでがたがたやってたけど、まさか雪菜さんのためにお弁当を作っていたとは……。


 てか、姉さん料理とか出来たんだ……、と俺が実姉の意外な一面に驚いていると、雪菜さんが微笑みながら言った。



「さすがに私一人で二つは食べられないし、このままだと処分するしかなくなっちゃうから、出来れば弟くんに食べてもらえたら嬉しいなって」



「なるほど」



 まあそういうことならありがたくいただこうと思う。


 捨てるのはもったいないからな。


 というか、断ったら姉さんがうるさそうだし。



「分かりました。じゃあ遠慮なくいただきますね」



「ええ、そうしてもらえると嬉しいわ。でも一つだけ残念」



「えっ?」



 ふいにそんなことを言い出した雪菜さんに、俺がどうしたんだろうと首を傾げていると、彼女は「だって」と思わせぶりに笑って言った。



「あなたにはきちんと〝想い〟を込めたものを作ってあげたかったから」



「な、ななな……っ!?」



 堪らず真っ赤な顔で言葉を失った俺を、雪菜さんは相変わらず「うふふ♪」と意味深に見据えていたのだった。



      ◇



 と、まあそんなことがありつつも、俺たちは昼食を摂るために屋上へと赴く。



「おお……」



 そしてお弁当箱の蓋をぱかりと開けた俺は、そのあまりの完成度の高さに思わず感嘆の声を漏らしてしまった。



「これは……〝キャラ弁〟ですか?」



「ええ、そうよ。ひよりが喜んでくれるの。意外と上手いものでしょう?」



「え、ええ、凄く上手です……」



 てか、上手とかそんなレベルではない。


 キャラの出来は言わずもがな、色とりどりの野菜やおかずなどで栄養バランスもしっかりと考えられているし、こんなのもうプロとして本を出せるレベルである。


 まん丸おにぎりのニワトリさんとか可愛すぎて食べられる気がせんわ。


 ぐぬぬ……っ、と俺がこのままお家に持って帰って飾りたい衝動に駆られていると、ふいに雪菜さんが自分のお弁当箱の中から小さなヒヨコさん卵焼きを箸で摘まみ、こちらに差し出しながら言った。



「はい、あーん」



「……へっ?」



 いや、いきなり何してんのー!?


 当然、驚愕の表情で固まる俺に、雪菜さんはさらにヒヨコさんを近づけてくる。



「ほら、早く食べないと落ちてしまうわ。あーん」



「え、いや……」



「あーん」



「あ、あー……ん……もぐもぐ」



「どう? 美味しいかしら?」



「お、おいひいでふ……」



 咀嚼しつつそう答えると、雪菜さんはぱあっと顔を明るくさせて言った。



「よかった♪」



「~~っ!?」



 くそ、なんでそんな嬉しそうに笑うんだよこの人は!?


 てか、相変わらず笑顔がめちゃくちゃ可愛いなあもう!?


 と。



「じゃあ……はい。あーん」



「えっ?」



 なんの前触れもなく今度は雪菜さんの方が口を開けてきたではないか。


 え、いや、どゆこと……?


 思わず呆気に囚われる俺だが、雪菜さんはさも当然のように告げてくる。



「だって今弟くんに食べさせてあげたでしょう? だから今度は私の番。いつもこうやってひよりとあーんし合ってるし、何も恥ずかしがることはないわ。はい、あーん」



「いや、そう言われても……」



 それは姉さんが相手だからであって、俺は普通に恥ずかしいんですけど!?


 だが俺のそんな思いなどもちろん伝わるはずもなく、雪菜さんは口を開け続けていた。


 あーもう!?


 やりゃいいんだろ、やりゃあ!?



「じゃ、じゃあ……」



 ぷるぷるしながら俺はタコさんウィンナーを差し出す。


 すると。



「あー……ん……もぐもぐ」



 雪菜さんはそれを美味しそうに咀嚼していた。


 ちきしょう、なんだこれは!?


 よく分からんがめちゃくちゃ恥ずかしいぞ!?


 てか、まるで恋人同士みたいじゃないか!?



「くっ!?」



 こ、これはいかん!? と俺は照れ隠しにお茶をぐいっと一気飲みする。



「……っぷはあ」



 そして水分が五臓六腑に染み渡っていく感覚を味わいながら、俺は水筒の蓋から口を離したのだが、



「あら、それ私のよ?」



「えっ?」



 間違って雪菜さんのお茶を飲んでしまいました……。


 となれば、当然この人が何も言ってこないはずもなく……。



「ふふ、(間接)キスしちゃったわね」



「~~っ!?」



 ぼんっ、と赤面してもう何も言えなくなる俺なのであった。



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