6話 初デート3


「つ、疲れた……」



 ちーんっ、とテラス席のテーブルに突っ伏し、魂の抜けかけていた俺の前に、雪菜さんが買ってきた飲み物を置きながら言う。



「はい、どうぞ。少し甘めのものにしておいたから、きっと疲れもとれるわ」



「あ、どうも……。そうだ、お代を――」



 と、財布を取り出そうとした俺に、しかし雪菜さんは首を横に振って言った。



「ふふ、構わないわ。こうやって私のわがままに付き合ってくれているのだもの。お礼だと思って受け取ってちょうだい」



「お礼なんてそんな……。でも本当にいいんですか?」



「ええ、もちろんよ。そんなに高いものでもないしね」



「分かりました。ならせっかくのご厚意ですし、ありがたくご馳走になります」



 そう頷き、俺はコーヒーらしき液体が入ったカップに口をつける。


 お、カフェオレだ。


 しかもめちゃくちゃ美味い。



「美味しいカフェオレですね」



「ふふ、気に入ってもらえてよかったわ。ここのお店、結構気に入ってるの」



「よく来られるんですか?」



「そうね。たまにひよりと寄ったりもするわ」



「へえ」



 あの姉さんがこんなオシャレな店にねぇ……。


 牛丼屋とかの方が合いそうな気がするのだが、まあ雪菜さんも一緒だからな。


 そういうこともあるのだろう。



「ところで、今日は付き合ってくれて本当にありがとう。とても楽しかったわ」



「いえ、喜んでもらえて俺も嬉しいです。でもよかったんですか? とくに何も買わなかったみたいですけど」



「ええ、十分よ。元々今日は下見だけの予定だったしね」



 それに、と雪菜さんが意味深な笑みを浮かべて続ける。



「弟くんの好みも色々と把握出来たし」



「うっ……。あ、あれは忘れてください……」



 言わずもがな、ランジェリーショップでの一件だろう。


 すっと視線を逸らす俺に、雪菜さんが「あら」と相変わらず挑発的な視線を向けて言う。



「私は別に着てもよかったのだけれど、本当に忘れてしまってもいいのね?」



「そ、それは……」



 いいわけないだろ!?


 俺だって見てえよ!?


 でもそんな美味しい話があるわけないのが現実なんだよ!?


 きっとあとで姉さんと笑いものにするに決まってるわ!?


 だからここはきっぱりと……きっぱりと……。



「ま、まあ心の片隅に留めておくような感じで……」



 お断り出来ない俺は何やってるんだよもう~……。



「ふふ、分かったわ。じゃあいつか機会があったら見せてあげるわね」


「は、はい……」



 そんな機会がある気はまったく以てしないのだが、もう頷くしかない俺なのであった。



      ◇



 そんなこんなで空も茜色に染まってきたので、そろそろ帰ろうかという話になったのだが、最後に一件だけ寄りたいところがあるらしく、俺たちは大通りから逸れた路地裏を進んでいた。


 ここら辺はあまり来たことがないのだが、見た感じ個人経営の飲み屋などが多く軒を連ねているようだった。


 そんなノスタルジックな空間を進んでいくこと五分ほど。



「着いたわ。あそこよ」



 ふいに雪菜さんがとある建物を指差してそう言った。


 一体何屋さんなのかと彼女の指先を追ってみると、



 ――HOTEL。



「……えっ?」



 真っ先にそんな文字の描かれたネオン看板が目に入り、俺は呆然と目を瞬かせてしまった。


 ……よし、落ち着け。


 今のは何かの見間違いだ。


 きっとホタテの美味しいお店だったに違いない。


 ――ごしごし。


 よーし、目はしっかり擦ったぞ。


 これで見間違うこともないだろう。


 さあ、なんて名前のお店かな?



 ――HOTEL。



 って、やっぱりホテルじゃねえかああああああああああああああああああっっ!?


 ずびしっ! と内心虚空に突っ込みを入れる俺。


 そう、そこにあったのは紛れもなくラブなホテルだったのである。


 ど、どどどゆこと!?


 当然、すこぶる困惑しつつ、俺は雪菜さんに尋ねる。



「あ、あの、雪菜さん……?」



「あら、何かしら?」



「い、いや、何かしらって……。ほ、本当にあそこに入る気なんですか……?」



 さすがに冗談だよな……? と俺も本気にはしていなかったのだが、



「ええ、もちろん。だって知りたいでしょう? 相性」



「相性!?」



 完全に入る気だこれー!?



「ちょ、ちょちょちょっと待ってください!? お、俺たちまだお付き合いだってしてないのに、い、いきなり身体の相性を確かめるのはよくないと思います!?」


 と。



「……身体の相性? 私はただあなたとの相性占いをしてもらおうと思っていただけなのだけれど……」



「……へっ?」



 相性占い……?


 まさかの返答に思わず鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる俺。


 すると、雪菜さんは「ほら、あのお店よ」と俺が見ていたホテルのすぐ隣にあった小さなお店を指差して言った。


 そこには確かに〝占い〟の看板があり、占い屋さんであることに間違いはないようだった。



「……」



 俺、ちょっと死んでこようかな……。


 そう俺が砂の柱にでもなりかけていると、当然の如く雪菜さんが妖艶に上目を向けて尋ねてきた。



「ねえ、さっき〝身体の相性〟がどうのって言っていたような気がするのだけれど、弟くんは私と一体どこに行くつもりだったのかしら?」



「も、もう勘弁してください……」



 当然、恥ずかしさで死にそうになっていた俺は、しばらくの間真っ赤に火照った顔を両手で覆い続けていたのだった。


 なお、俺と雪菜さんの相性は〝最高〟だったとかなんとか。


 嘘吐けこの野郎!?



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