3話 お誘い


 そうして迎えた週末。


 家にいてもとくにやることもなかったので、適当に時間でも潰そうかと一人町中へと赴いた俺だったのだが、



「――あら、こんにちは」



「げっ!?」



 まさかの雪菜さんとばったり出くわしてしまった。


 この広い町中で何故……、と思わず魂が抜けそうになる中、雪菜さんはどこか嬉しそうに言った。



「ふふ、こんなところで会うなんて奇遇ね」



「え、ええ、そうですね……」



「何かお買い物かしら?」



「いえ、別にそういうわけではないんですけど、ただ暇だったんでぶらぶらしようかなと」



「あら、そうだったのね。ふふ、やっぱり私たちって気が合うのかしら?」



「えっ?」



 またもや思わせぶりなことを言う雪菜さんに、俺がどういうことかと小首を傾げていると、彼女はその艶やかな黒髪を耳に掻き上げながら言った。



「実はね、私も暇を潰しにきたの」



「あ、そうだったんですね」



「ええ。もしかしたら弟くんも来てるんじゃないかなって思って」



「えっ!?」



 この人はまたそういう……、と俺が半眼を向けていると、雪菜さんは「ねえ」と俺に上目を向けて言った。



「暇ならデートでもしない?」



「で、デート!?」



 突然の提案に一瞬面食らったものの、(騙されるな俺!?)となんとか平常心を取り戻す。


 そういえば、人生初のデートがあの悪夢のクリスマスだったんだよな……。


 なんか思い出したら涙出てきた……って、泣いてる場合じゃねえよ!?


 さすがにあの時みたいにクラスの笑いものにはされないだろうが、姉さんの笑いものにはされる可能性があるからな。


 今日は朝から部活の助っ人だったはずだけれど、もしかしたらそれも方便で、ちゃっかりそこら辺に隠れているかもしれないし。


 というわけで、ここは丁重にお断りさせてもらうとしよう。



「えっと、すみませんが今日は……」



「あら、そう……。まあいきなりのお誘いだったし、仕方ないわよね……」



 そう表情を暗くする雪菜さんに、俺は「すみません……」と再度謝罪する。


 すると、雪菜さんは首を横に振って言った。



「いいえ、気にしないでちょうだい。むしろ私の方こそごめんなさい。よく変な人に声をかけられるから、弟くんがいてくれたら安心だなって、そんなやましい気持ちもあったから」



「えっ……?」



「じゃあ私は一人で適当にお店を見て回ることにするから、弟くんも気をつけてね」



「え、あの……」



 ふりふりと微笑みながら手を振り、雪菜さんが去っていこうとする。


 そんな彼女の寂しそうな微笑みに、俺はなんとも言えない後ろめたさを覚えていた。



「……」



 まあ、確かに雪菜さんは美人だ。


 今日だって清楚ではありつつも、しっかりと身体のラインが分かる装いをしている。


 というより、雪菜さんくらいスタイルがいいと、何を着ても出るところが出てしまうのだろう。


 当然、そんな美少女が無防備にも一人で歩いていれば、ナンパ目的の男どもが放っておくはずがない。


 世の中には車で通りすがりに連れ込んだりするやつらもいるみたいだからな。


 あとで姉さんに「なんでボディーガードしなかったのよ、このハゲ!?」とか怒鳴られても面倒だし、ナンパ防止目的ということで付き合うくらいならいいのではないだろうか……?


 そうだ、俺はただのボディーガード!


 ならなんの問題もありはしない……はず!



「雪菜さん!」



 だから俺は雪菜さんを呼び止めた。



「……うん? どうしたの?」



 未だ寂しさの残る表情で振り返った雪菜さんだったが、その瞳にはどこか期待のようなものが隠れている気がした。


 きっと雪菜さんのことだ。


 俺が声をかけてくるのが分かっていたのかもしれない。


 でもまあいいさ。


 声をかけちまった以上は俺の負けだしな。


 なのでボディーガードを頑張りますよ、もう。



「すみません、やっぱりお付き合いさせてください」



「あら、いいの?」



「ええ、もちろんです。その、ボディーガードくらいにはなるんじゃないかなと……」



 その瞬間、雪菜さんはとても嬉しそうに微笑んだ。



「ふふ、よかった♪」



 やっぱり笑顔の可愛い人だなぁと思わず見とれていた俺だったのだが、



 ――ぎゅむっ。



「ちょっ!?」



 突如雪菜さんが腕を絡めてきて、なんとも柔らかい感触が俺の腕に広がる。


 い、一体何を!? と慌てふためく俺に、雪菜さんもまた頬を桜色に染めてこう言ってきたのだった。



「だってデートなんですもの。腕を組むのが普通でしょう?」



 なん、ですと……!?


 当然、驚愕の表情で固まる俺なのであった。



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