2話 姉の友だち
でも雪菜さんって最初こんな感じじゃなかった気がするんだけどなぁ……。
ふとそんなことを思った俺は、彼女とはじめて会った時のことを思い出していた。
「――ただいまー。照いるー?」
それはあの悪夢のクリスマスから新年を跨いで新学期へと突入した時のことだ。
高校に上がったばかりの姉さんが、ある日〝友だちが出来た〟と珍しく友人をうちに連れてきたのである。
姉さんは社交性の塊のような人ではあるが、基本的にプライベートに立ち入って欲しくないのか、友人とは外で過ごすことが多く、あまり自分の部屋に上げたりはしない。
それを知っていた俺は、珍しいこともあるものだと思いつつ、〝彼女〟とはじめて出会った。
そう、雪菜さんである。
「……こんにちは」
「あ、どうも……。姉がお世話になってます……」
最初の印象は、やっぱり〝綺麗な人〟だということだろうか。
艶やかな黒髪に色白の肌、そして人形のように整った顔立ち。
スタイルも出るところは出ているのに、腰元なんかはきゅっと引き締まっていて、本当に最初はモデルさんか何かだと思ったくらいだ。
ただあの頃の雪菜さんはどこか表情に影があり、口数も少なめだった。
当然、笑顔なんて見せたことはない。
「ちょっとぉ! せっかくこんな美少女がうちに来てくれたんだから、もっと爆散するくらい喜びなさいよぉ!」
「いや、それどんな感情なの……」
ただその頃の俺はトラウマを植えつけられ済みだったので、そうは言われたものの、結局挨拶程度で終わってしまった。
今みたいに三人で話すようになったのは、もっとあとの話だからな。
じゃあどうやって今のような関係になったのかと言えば、それはもう姉さんが毎日のように雪菜さんを連れてきたからである。
きっと雪菜さんのことだから遠慮したのだろうが、たぶん姉さんの熱意に根負けしたんだろうなぁ……。
そして家に着くなりあの調子で割と真面目にボケてくるものだから、俺としても思わず突っ込んでしまうわけだ。
「てか、あんた雪菜のことチラ見しすぎじゃない? え、もしかして好きなの?」
「そ、そんなわけないだろ!? 姉さんの勘違いだって!?」
「そうよね。だってあんたが一番好きなのは、ほかでもないこのお姉ちゃんだもんね」
「いや、ごめん。そっちの方がないわ」
「なんでさー!?」
まあ傍から見たらコントみたいなもんだよな。
むしろコントにすらならないほどお馬鹿なやり取りだったと思う。
でも何故か雪菜さんにはそれが心地よかったようで、次第に笑顔を見せてくれるようになったんだ。
「ふふ、あなたたちはとても仲がいいのね」
「いや、全然よくないですよ……」
「ちょ、なんで否定するのよ!? ちょっと前まで一緒にお風呂入ってたじゃない!?」
「いつの話だよ!? 先輩に誤解されるだろ!?」
「あら、私は別に気にしないわよ?」
「俺が気にするんですよ!? てか、先輩も何言ってるんですか!?」
言わずもがな、最初は雪菜さんのことも先輩呼びだったりする。
ともあれ、そんなこんなでいつの間にやら挨拶だけだったのが姉さんの部屋に呼ばれるようになり、気づけば三人で話すことが習慣になっていたというわけだ。
ただこの時点ではまだ俺たちのお馬鹿なやり取りを雪菜さんがおかしそうに眺めているだけで、今のようにからかってはこなかった。
だがいつの頃からだろうか。
「――ねえ、弟くん」
「はい? どうしました?」
姉さんがトイレに立った際、雪菜さんの方から声をかけてくるようになったのだ。
なお、今も昔も俺は雪菜さんから〝弟くん〟と呼ばれている。
「いえ、弟くんは彼女とかいるのかなって」
「はは、いたらよかったんですけどね……。でも女の子にはちょっと苦い経験がありまして……」
「あら、そうなの? もしかしてフラれちゃったとか?」
「まあ、そんなところです……。それも尋常じゃないほどこっ酷く……」
あはは……、と自嘲の笑みを浮かべる俺に、雪菜さんは「そう、それは辛かったわね」と優しい言葉をかけてくれたかと思うと、
「可哀想な弟くん。こんなに優しくていい子なのに」
「……えっ? ちょっ!? な、何してるんですか!?」
いきなりぎゅっと俺の頭をその豊満な胸元に抱え込んできたではないか。
当然、服越しに伝わる柔らかな感触が俺の顔を包み、なんとも蕩けそうになる甘い香りが鼻腔をくすぐる。
おかげで思わず抱き返しそうになってしまった俺だったが、それはぐっと堪え、されるがまま雪菜さんの抱擁が終わるのを待つ。
「せ、先輩……?」
「ふふ、嫌だったらごめんなさいね」
俺を解放しながら雪菜さんが少々恥ずかしそうに微笑む。
正直、終わって欲しくなかったのは秘密である。
「い、いえ、嫌だなんてそんな……。でもどうしていきなり……?」
「そうね、なんだかとても悲しそうな顔をしていたからかしら?」
「悲しそうな顔……」
まあ、そんな顔にもなるよな……。
だってあんなことがあったわけだし……。
「ええ。それといつも楽しい思いをさせてくれているお礼も兼ねてね」
「お礼って……。あれはただ姉さんがアホだなだけで、何もお礼を言われるようなことじゃないんですけど……」
そう半眼でトイレの方を指差す俺だったが、しかし雪菜さんは「いいえ」と首を横に振る。
「私にとってはとても楽しい時間だったのよ? 出来ればこれからも末永くお付き合いさせていただきたいわ」
「え、そんなにですか!?」
もしかして雪菜さんってお笑いとか好きなんだろうか……。
いや、お笑いなんて高度なものでもないとは思うんだけど……。
と。
「ただいまー」
そんなことを思っているうちに姉さんが戻ってくる。
「あら、お帰りなさい」
「うん? なんかいいことでもあった?」
こういう時だけは妙に鋭いから困る。
だが雪菜さんにハグされたなんて到底言えるはずもなく、当然言って欲しくもない俺は、いつバレるのではないかとひやひやしていたのだが、
「いいえ、なんでもないわ」
雪菜さんはふふっと一人楽しそうに笑っており、危機は回避されたのだった。
◇
と、まあそんな感じで現在へと至るわけだが、思えばあれが全ての始まりだった気がする。
しかもこうやって好きだなんだと直接言ってくる分、中学の時よりも思わせぶり度が強いというかなんというか……。
思わずその気になりそうになる俺だが、でも騙されないぞと頑なな態度をとる。
「そ、そんなこと言ってまた俺をからかってるだけでしょう? 人として好きよ? みたいな感じで」
「あら、私は男の子として好きだと言ったつもりだったのだけれど……」
「……っ」
ぐ、騙されるな俺!
絶対に何かウラがあるはずなんだ!
でなければこんな綺麗な人が俺を好きになるわけないだろ!
そう必死に拳を握り続けていると、ふいに雪菜さんが言った。
「じゃあ、こうしたら信じてくれる?」
「……えっ? って、えええええええええええええええええっ!?」
堪らず驚きの声を上げる俺。
だがそれも致し方のない話だと思う。
何故ならしゅるりと雪菜さんが胸元のリボンを外し始めたからだ。
「え、ちょ、えっ!?」
一体何が始まるのかと驚きつつも、やや期待に胸を高鳴らせていた俺だったのだが、
「ただいまー」
「――っ!?」
まさかのタイミングに思わずずっこけそうになる。
「姉さーん!?」
そして何故今戻ってきたと涙ながらに食ってかかる俺。
「えっ!? ちょ、ちょっと何よ!? ま、まさかあたしに欲情したわけ!?」
「いや、ちげえよ!? てか、なんの心配をしてるんだよ!?」
そう俺が鋭い突っ込み入れる中、やはり雪菜さんは思わせぶりにふふっと笑っており、そんな彼女の様子に、俺もまたぐぬぬと唇を噛み締めていたのだった。
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