雪に埋もれさせる 3

「馬鹿野郎! なんてことしやがったんだ!」

「ひいいっ! すいませんセンセイ!」

「何がすいませんだ! 勝手な事ばかりしやがって!」

 

 ある生き物が怒っていた。文字通りの青い肌に黄色の一つ目を三角にし、目の前にいる相手を怒鳴りつける。兄貴と呼ばれる彼より一回り小さな生き物は彼とは逆に丸く大きな目を潤ませた。


 地球で言うところのタコと同じような形をした二匹は、ふよふよと宇宙空間を漂う銀のつなぎ目のない球体の中いる。

「お前のせいで台無しだ。あと少しで星に帰れるとこだったってのに!」

「で、で、でもこれ全部捨てればんでしょう? ならさっさと捨てっちまえば」

 しかし助手の言い分に、タコは四本ある触手の一本を額に当てた。


「何にも話を聞いてねえのかこのへなちょこ吸盤!」

「ひいっ⁈」

「逆だ逆! お前がやったせいで帰るどころか逃げるしかできなくなっちまったじゃねえかよクソっ!」

 タコはぶつぶつとチューブ状の口の先端を動かす。

「クソっクソっ、俺一人だったらこんなヘマしねえってのに……。これじゃ生きてるうちの帰還なんて―――」

 だから嫌だったんだ、こんな引っ付きまわるだけの阿保とをするなんて。タコは苛立ちをぶつけるように触手を宇宙船の床へと叩きつける。


 彼らは今、宇宙を漂っている。それは所謂「ゴミ処理」というやつだった。


※※※


 ある時、一つの星がゴミで溢れかえった。


 その星は物を作ることが得意な星民性で、星の有識者も、皆も物作りを推奨していた。彼らが作り出した物はどれも高性能で、他の星は喜んでそれらを買い取った。


 もっといいものを、もっともっといいものを。星の二億五千万体の生命は物作りに対して貪欲だ。昨日作った物よりもっともっと高性能なものを。もっともっと素晴らしい発明を。


 その星では最も新しく素晴らしい物を作った誰かが一番偉い。だから彼らはこぞって物を作った。作って作って作りまくった。


 だが物作りには失敗も出るのが当然だ。しかしこの星の生命たちは作ることは得意でも壊したり処分したりには全くもって疎かったのだ。そこに誰かが劣化しない新素材を用いて大成功の発明をする。当然皆もそれに続くようにその新素材を使う。


 どうなったかなんて、もう言うまでもない。彼らはそれまで使っていた自然への埋め立てを一切封じられた。だって新素材は劣化しない。劣化しないと言うことはこれまでやっていたように、埋め立てても無くならないということだ。


 こうして出来損ないで埋もれた星。このままではいけないと星の有識者の間で会議が行われた。

「どうする。このままでは我らの星は滅亡だ」

「物作りができないなんて由々しき事態だ。このままでは他惑星との外交も不可能になってしまう」

「だが、無くならないのでは何の解決にも……」

 そしてその時、誰かが言った。


「無くならないのなら、んじゃないか?」


 彼らは言った。「その手があった」と。彼らは壊すことは苦手だが、作り出すのは何より得意だった。


※※※


 こうしてただ一体の研究者から処分生命体「GBGB」が生まれた。通称ガブガブと呼ばれるこの生命体は無数に分裂を繰り返し、決して劣化しない素材も体内に取り込んで消化することができた。見た目は小さな白の無数の点ほどにしか見えない生命だったが、こうしてごみ問題は解決される。


 研究者は毎日のように祝福された。星を救った英雄だと、研究者も助手も鼻高々だった。


「うわああっ! 助けてくれえっ!」


 だがそれはガブガブがの話。大量のゴミを吸収したガブガブは恐ろしい速さでの分裂を繰り返し、そのスピードは研究者も予測がつかない程だった。


 ガブガブはあっという間に研究施設を内側から食い破り、外へ流れ出た。建物も自然も生命も彼らにとってみれば等しく分解対象に過ぎない。あっという間に大惨事となり、研究者は住民の避難とガブガブの捕獲処理に追われる羽目になってしまった。


 研究者に投げられる賛辞は罵倒へと変わり、「お前が作ったんだからお前がどうにかしろ」という声へと変わっていた。


 そのために彼らは増えすぎたガブガブの処理をしなければならなくなった。あの手この手でガブガブの分解外に属する特殊合金を生み出し、そして遂にガブガブの弱点を見つけた。


 GBGBの機能を停止するには同じ大きさの冷気凝固体とくっつける必要がある。だが彼らの星にそんなものは存在しないし、時間も足りなかった。


 日々の罵声に追い詰められた研究者は遂にある決断をする。


「捨てるしかない。この星の外に」


 彼と助手はガブガブをコンテナに詰め込むと宇宙船を発進させた。行き先は彼の頭の中ではもう決まっている。散々適合物質がある惑星を調べたのだ。間違えるはずもない。


 彼らはまっすぐに向かっていた。青い、青い星へと。


※※※


 研究者はボールほどの大きさの頭を触手二本で抱えていた。彼の助手がとんでもないことをしでかしたのだ。


 本来「雪」と呼ばれる物質の上に少しずつガブガブを落とし、雪と同化させ存在そのものごと抹消処理をするというのが今回の作戦だった。ガブガブは雪と同化すると機能を停止し、他と変わらない液状へと形態変化をするからだ。この捨て方であればガブガブが捨てられたという証拠も残らない。


 本来他惑星への不法投棄は禁じられているが、こうすれば足も付かないと言うわけだ。


 多少この星の建物や生物に損害を与える可能性はあるがそれはそれ、これはこれ。研究者にとってはいち早く汚名を返上したいと言う気持ちが強かった。


 だがしかし、本来であれば何回にも分けて雪の残る場所へ捨てるはずだったガブガブをこの助手が勝手に捨ててしまったのだ。しかもよりにもよって雪がない場所へ。

「どうするんだ! このままじゃ俺らはお尋ね者だぞ⁈」

 縮みあがる助手を前に研究者は何度も触手を打ち付ける。


 まだガブガブが入ったコンテナはひと箱ある。つい最近になって未知の言語が時折中から聞こえてくるようになった。地上で何か変な物でも吸収したのだろうが不気味で仕方がない。元々一つの生命体であることの影響がこんなところに出るなんてと研究者は重ねて頭を抱えた。


「ど、どうするんですかセンセイ」

「どうしたもこうしたもねえ! とっとと宇宙警備隊が来る前に―――」

 逃げよう、研究者がそう言った時。


「ソコノ宇宙船、止マリナサイ」


 回線に割り込んだ通信がぱっと目の前のモニターに映る。硬い灰色で包まれた緑のレンズにぎょろりと見据えられ、研究者と助手は縮みあがった。


「該当惑星カラ『惑星外生命体存在有』ノ通報ガアリマシタ」

 研究者の決意は少しばかり遅かったようだ。恐らく正体に気づいた惑星の住民が宇宙警備隊に通報したのだろう。


 警備隊ロボットは淡々と無骨な砲身を向けながら言った。


「アナタ達ハ宇宙警備法二十七条『他惑星への不法投棄を禁ずる』ニ該当シマス。操縦士者ハ操作レバーヲ離シテクダサイ。モシ要望ニ応ジナカッタ場合、逃亡ノ意志アリト判断シ、撃墜体制に移リマス」


 研究者の中でがらがらと音を立てて、華々しい創造の生活が崩れ去って行った。ひょっとしたらあったかもしれない逆転の芽はいともたやすく最悪の形で摘み取られてしまった。


「センセイセンセイっ!」

 助手がわあわあとうるさい。こんな時まで苛つかせなくてもいいだろうと彼が振り返った瞬間だった。


「センセイっ! センセイセンセイセンセイ!」

「…………は?」


 そこにいるのは助手ではなく、だった。それらは助手にまとわりつき、助手と同じ声を発した。


 そこで彼は気づく。入れていたはずのコンテナが、内側から食い破られるようにことに。


 助手だったものは次第に形を失い、倍に増えた白の点は更なる声を響かせて研究者に向って覆いかぶさっていく。


「センセイ! ■■■■■■ センセイ! センセイ! ■■」

 

 意味の分からない言語と叫び続ける助手の声の洪水の中で、彼は白くなる視界の中からまた別の声を聞いた。


 ―――助けてくれぇッ!


 それは、紛れもなく彼自身の悲鳴だった。

  

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雪の下で呼ぶ声 きぬもめん @kinamo

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