喫茶店


 当たり前なのだが、純喫茶はコーヒーの香りが広がっている。特に強いのは、販売用の豆が置いてある入り口カウンターだ。その奥で調理やコーヒーをいれている店員たちが動くことで、まとった香りが漂う。


 喫煙者の肩身が狭くなる中、未だ店内全席喫煙可能な喫茶店は珍しい。灰皿に一本だけ立てかけている、火のついた煙草を指先で挟み、男はそれを少しふかした。金色に近い茶髪が、陽の光に透ける。


「あのさー……」

 口を開いて、男は長く間を開ける。向かいの席に座る黒髪の男は、パソコンをタイピングする手を止めずにいる。もうすぐレポート提出が近い。テーブルにはサンドイッチと、セットのコーヒーが手付かずで置かれている。


 茶髪の男は煙草を灰皿に置く。

「お前コーヒーいれるの下手だよね」

「いや、それは……店と比べたらそうでしょ」


 黒髪の男は、かすかに顔を上げる。そんな戯言は聞いている暇がない、というように、眉根はやや寄っていた。


「それ抜きにしてもマズイ」

 そう言いながら、喫茶店のちゃんとしたコーヒーに口をつける。

「インスタントだから……」

「それが問題なんだよな。なんでドリップとかにしねえの」


 黒髪の男はパソコンを打つ手を止め、灰皿を引き寄せて、じわじわと減りつつある煙草を手に取り、吸った。

「ゴミ出るし。面倒だから。てかそんなんいうなら自分でいれて?」

「やだよ、普段どんだけやってると思うの」

「ここでね」

 灰をトントン落とし、黒髪の男は呆れたように肩をすくめる。

「ここで」

 茶髪の男が手を差し出す。黒髪の男は少し憮然として、向かいの彼の指先に咥えていた煙草を収めた。

「休日にバイト先来て居座れる勇気尊敬するわ」

「普段働いてるとこで奉仕されんのがいいわけよ」

 煙草を深く吸いこむと、灰の割合が勢いよく増える。茶髪を揺らし、濃い煙を吐いた。

「性格わるいねえ〜……」

「長生きしそうだろ。割引でサンドイッチ食えるんだから、使わんとさ」

 ポケットから皺の寄った割引券を取り出し、黒髪の男の、コーヒーカップの下に差しこんだ。


「あんがとー」

「頑張れ苦学生」

「どーも」


 コーヒーカップを掲げられ、黒髪の男も縁を持ち掲げる。そこで初めて、コーヒーが冷えていることに気づいたらしい。

 かちんとカップを打ち合うと、互いに無言でコーヒーに口をつける。


「ここのコーヒーうまいね」

 冷めたコーヒーで唇を湿らせながら、黒髪の男は再び、パソコンに向き合い始める。茶髪の男は、もう半分ほどに減った煙草に再び口をつけ、小さくふかし、かすかに目を細め、タイピングの音に耳を傾けた。

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