レストラン
チェーン店のファミレス以外、レストランという概念がなかった。住居を改築したような、カントリー調の個人経営のレストラン。チーズハンバーグも美味しそうだな、とメニューを見て思う。おすすめの看板メニューを注文した後に思っても遅いことだ。
男は注文を待ちながら煙草をふかす。ちらりと客層を見ると、広いテーブルを占めるマダムたちや、指定席なのだろう、ダンディな壮年の男がコーヒーを啜っている。自分はこのレストランからお呼びではない––––そう感じる。二度と足は運ばないだろう。
なんと言っても、男の住む近所にあるレストランではない。目の前のソワソワとする腐れ縁の男に、わざわざ彼の住む近所のレストランを指定されて呼び出されたのだ。
で何、と煙いを吹いて、男は尋ねた。向かいの男は唇を巻いてまごついていたが、意を決したように顔を上げる。
「結婚せん?」
「あ? 借金でもしたか」
眉をひそめ、じゅ、と灰皿に煙草を押しつけた。男はまた新たに煙草を咥える。ひっと腐れ縁の男は、身を引き、こわばった笑みでライターを差し出し火をつけた。
「いや、言葉のアヤやって。同居しませんか」
「最初からそう言え」
ぶつくさ言いながらグラスを傾けて水を飲む。
「言うたらしてくれるんか」
「せん」
「なんでよ」
「俺は人と暮らすのが向かない」
男がそういうと、目の前の彼は大袈裟に眉を寄せる。
「お前、一人で生まれたわけ違うやろ」
大きな目を見開くと、その瞳のまっすぐさが目立つ。その物知り顔に、男は舌打ちをして煙を吐いた。テーブルに肘をかけ、顔を寄せる。
「うっさい。嫌なものはイーヤ。言葉のアヤ」
アヤて、と彼は身をすくめた。ちょうど店員が、バジルチキンソテーのセットを運び、テーブルに置いた。男は煙草を挟んだ指で、皿を引き寄せた。それをうまそーと悪びれもない男は、目で追っている。
「でも俺が泊まりに来ても、なんも言わんよな」
「泊まりと暮らすは違う」
「ま、そらそう」
「てかなんで急にそうなった」
尋ねられ、彼はぱちくりと目を瞬かせた。しばらくコミカルに視線を彷徨わせた後、笑みを作り口を開く。
「……借金?」
「ボケカス。死にさらせ。外食すんな」
男はバジルチキンにナイフを入れ、大口を開けて放りこむ。
「ええやん、養ってくれへんなら奢ってよお」
彼は涙声になりながらテーブルを揺らした。腐れ縁とはよく言ったものだが、どちらかといえばこびりつくガムのような粘着だ。
「ゴミカス。なんで俺にお前を扶養する義務があんねん」
「俺ら、トモダチやろ」
「カス」
「もうただのカスになってしまったんか……」
しょんぼりと肩を落とす彼の前に、じゅうじゅうと鉄板に肉汁が跳ねる、肉厚のステーキが置かれる。
「お前なんも食うな」
男はステーキにフォークを突き刺して、自分の手元に引き寄せた。
「あー! 俺のステーキ!!」
「何ステーキ頼んでんカスいわホント」
悲痛な声で静止しようとする彼をよそに、男はステーキを乱雑にナイフでぎこぎこと切り、すぐさま口へ放りこむ。まだ舌に残るバジルとニンニクと肉汁が絡み合い、これはこれで美味しい。ご飯がすすむ。
「せめて一口食わせて! じゃなかったら金かして!」
「マジで死なんかなコイツ」
「じゃお前に保険金やるから一緒に住まん!?」
「お前殺しても死なへんから嫌」
「殺したことないくせにー!!」
あまりにも情けなく泣くので、男はついに笑ってしまった。ふと周りに目を向けると、随分と、とても悪い意味で注目が集まっていた。
やっぱり二度とこのレストランには入れない。
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