バス
バスの揺れに合わせて、少年の首が揺れる。がっくり頭が傾いて、少年は目を覚ました。制服のブレザーにヨダレが落ちる前にぬぐい、眩しい日差しに目を細める。瞼を落とすたびに、暗闇に緑の閃光が走る。ずっと見ているとまた、眠くなってくる。
ゆっくりとバスが停車した。乗車口に急いで踏みこむように足がかけられると、やや揺れる。少年は顔を上げる。朝から元気のいい笑顔が見える。
「おはよ」
少年が挨拶をすると同時に、彼の隣に同じ制服の男子が勢いよく座った。大きなリュックが幅を締めて、席はぎゅうぎゅうになってしまった。
「おはよう。バス遅くね」
隣に腰を下ろした彼は、満員になりつつある車内を見渡した。
「事故あったらしいよ」
少年はSNSの画面を見せた。
「マジかー。今日もう、休みにならんかな」
「俺たちがあったわけじゃないからね」
「いやあ、もう巻き込まれみたいなもんじゃん」
そう言いながら、彼は前方に首を伸ばす。バスがなかなか出発しないことに気がついた。
ぼそぼそとしたアナウンスが入る。車両の不調を感知致しました。確認のため、しばらくお待ちください。
「うわー、マジか」
頭を抱える彼と同じように、他の乗客たちも落胆や、焦りや、苛立ちを見せている。少年だけは、運転手が忙しなくバスを降りる様子を見た。
「今日は運転手さん大変そうだね」
「もうみんな、サボっちゃおうぜ。運転手さん、好きなところ走っていいですよ」
姿の見えない運転手に、少年の隣の彼は空の野次を飛ばす。
「だめでしょ」
「俺ディズニー行きたーい」
「通ってないって、この路線は」
ふっと少年は笑った。なんてくだらないんだろうか。居心地のいい話を、ずっと聞いていたい。
「な……修学旅行、一緒にまわろーぜ」
不意に彼が言った。
少年は戸惑い、視線をスマートフォンに下げた。
「無理。クラスが別なんだから」
「んなもん、守んなくていいじゃん」
「修学旅行にこだわんなくてもいいじゃん。卒業旅行とか、一緒に行けばいいし」
「それはそれ、これは、これ」
彼の「おいといて」の動作は大きく、また少年はぎゅむと、席の隅に追いやられる。柔軟剤の匂いがする。少年は窓の外を見る。
「わかんないなあ」
「薄情なやつ」
「修学旅行なんて、ただの学校行事なんだからさ」
そう、ただの行事だ。別に、だから、仕方なく行く。学生の本分は勉強だから。
「ただの学校行事だから、せめて楽しかったって言いたいだろ」
真剣に詰め寄られ、少年は目を瞬かせる。彼の鉱石のような真っ黒な瞳に、自分の顔が映っている。
「俺と一緒だと楽しいの?」
ぽつり、と少年は口をついた。尋ねられた彼は、一瞬口を開き、複雑そうに眉根を寄せて身を離した。
「言わせんのかよ」
彼は口を尖らせる。少しだけ耳が赤い。
柔軟剤の香りが、また少年の鼻腔に届く。
バスはまだ動かない。
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