第41話 土佐坊、義脛の討手として京に上る事3
■文治元年(1185)10月
この頃、義脛の家来には信濃国の住人で
三条京極の女の許に通っていたが、堀川殿を出て行く途中、五条東洞院で出合い頭に土佐坊たち一行と行きあった。
[訳者注――堀川殿は堀川六条館のこと。義脛の宿所]
江田は他人の家の陰になっている場所から一行を見ていた。
熊野詣でをするような風体ではあったが、どこの仏道の修行者とも知れない者たちが先頭に立っている。
後陣を見れば、二階堂の土佐坊のようであった。
しかし土佐坊が今時分、大勢で熊野詣でするとも思えず不思議なことである。
そういえば我らの殿である義脛殿と鎌倉殿との仲がよくないので、近付いて問い質してみようと思ったが、聞いたところで本当のことは話すまい。
まったく知らん顔で、荷物を運ぶ男どもにうまく言って話を聞いてみようと待っていると、思った通り遅れて来た者が声をかけてきた。
[訳者注――物語の都合もあるが、江田はなかなか機転の利く男である]
「六条坊門の油小路へはどう行けばよいのか」
そう聞かれたので江田は道順を詳しく教えてやった。
「どの国の誰と申す人なのだ」
「相模国二階堂の土佐殿だ」
さらに後から来る男たちは愚痴をこぼしていた。
「なんにせよ、ただ一度きりの見物なら京が一番だと言うが、どうして日中に京入りせずに、道中で日が暮れるのを待たなくてはならんのだ。わしらは荷物を運ばねばならんのに、道が暗くてはかなわん」
「気が短い奴だな。一日待てば見物できるではないか」
と、もう一人が言う。
「お主たちよ、今夜ばかりだぞ、京が静かなのは。明日の都はあの事で大乱になるだろうからな。であれば、我々もどうなることかと思えば恐ろしいことよ」
さらにもう一人がそんなことを言っっている。
江田はこれを聞いて、男たちの後を付けて話しかけた。
「わたしも相模国の者なのだが、主に付いて在京しておりましてな。同国の人と聞いていっそう故郷が懐かしくなりました」
などとおだてると、
「同国の人と聞けば話さずにはおけんの。実は鎌倉殿の弟であられる九郎判官殿(義脛)を討てと命じられて上られるところよ。くれぐれも他言はするなよ」
[訳者注――口が軽いが、末端の者であるので仕方がないとも言える。むしろ荷物運びをしている者に目的を話している土佐坊の失点と言えるか]
と言った。
江田はこれを聞いて、女の家へ行くこともせず、走って帰り、堀川にいる義脛に伝えた。
義脛はこれを聞いても少しも騒がなかった。
「いつかはそんなこともあるかと思っており、すでに手は打ってある。とりあえず、お前は土佐坊を訪ねてこう伝えよ。『京より関東に下る者は、京都の細かな様子をまず鎌倉殿に申し上げる。また関東より上った者は、真っ先に義脛の許を訪ねて上洛の理由を申すべきであるが、今まで参らないとは無礼である。すぐに参上せよ』とな。ぐずぐずするな、すぐに行け」
[訳者注――京の治安維持を預かる検非違使に任じられていた義脛の言い分はもっともであるが、これでは鎌倉の頼朝と京都の義脛が同格とも受け取れてしまう。このような細かなところが積み重なって頼朝の不興を買ったのかもしれない]
江田はこれを受けて、土佐坊の宿所である油小路に向かった。
宿所では皆が馬から鞍を下ろし、足を洗っている。
兵は五、六十人おり、内容はわからないが話し合いをしており、土佐坊は肘掛けにもたれていた。
江田は内へ入り、義脛に命じられた通りのことを伝えた。
「鎌倉殿の代官として熊野参詣の途中でございます。義脛殿の所へ真っ先に参ろうと思っていたのですが、道中で風邪にかかったようです。たいしたことはありませんが、今夜はしばらく養生し、明日になれば参って御目にかかりますと、ただいま子である者を参らせようとしていたところでした。ちょうどよいところへお使いが参られました。何卒、このことをお伝えください」
[訳者注――出発時の偽装工作がここで生きてくる。もっとも、義脛は最初から信じていなかったもよう]
土佐坊は謝るように、このように申した。
江田は帰ってこのことを義脛に報告した。
酒を飲みながら待っていた義脛はこの報告を聞いて顔を赤くする。
日頃から義脛は侍たちに向かって荒々しい言葉で話すことはなかったが、酒が入っていたせいか、それとも他の理由があったのか、今回ばかりはたいそう怒っていた。
「何事も時と場合によるものである。土佐坊がふざけた事を申したのも、お前がおどおどしていたからであろう。あれほどの不心得者が弓矢取る武士を恐れるはずがない。ここから立ち去れ。今後、この義脛の前に姿を見せるな」
江田は宿所に帰ろうとしたが、義脛に強く責められて帰ったのでは、あまりに情けないと宿所には戻らなかった。
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