第27話 書写山が炎上の事3

 その日は都に大雨が降り大風が吹いて、人の往来もなかったが、弁慶は着替えをして、長直垂に赤い袴を着ていた。

[訳者注――つまり弁慶は自分だとバレないように変装をしていた]


 夜が更けて、人が寝静まった頃のことである。

 どうやって上ったのかわからないが、弁慶は院御所の土塀に上り、手で囲んで火を灯し、大声を上げて叫びながら東の方へ走って行った。


 また取って返して、門の上に突っ立って、恐ろしげな声でこう叫んだ。


「なんということか。如何なる不思議であろうか。性空上人が自らの手で建てられた書写山が、昨日の朝、僧と修行者の口論によって、堂塔五十四カ所、三百坊が一瞬にして灰になってしまったぞ」

[訳者注――お巡りさん、やったのはこいつです]


 そして掻き消すように姿を消した。


 院の御所ではこれを聞いて、どうして書写山が焼けたのかと早馬を立てて事情を尋ねた。


「事実ならば学頭をはじめとして僧たちを山から追放せよ」


 という院宣が出された。


 侍従の者が向かってみると、たしかに建物は一つも残らず焼けていた。

 すぐにでも院参して報告しなければと急ぎ京へ上った。

 そして院の御所に参上して申し上げた。


「そうであったのならば罪を犯した者は誰なのか」


「罪人は修行者の武蔵坊弁慶、僧の信濃坊戒円でございます」


 公卿はこれを聞いてこう申された。


「ということは比叡山にいた鬼若が事件を起こしたのだろう。この悪事が比叡山の一大事になる前に丸く収めるのが後白河院のためである。戒円の悪事は申すまでもない、戒円を呼びつけよ。戒円こそ怨敵である。奴を捕らえて、糾問せよ」

[訳者注――一方の弁慶の血筋や公卿がつけていた日記から命拾いをしたが、他方の戒円はそうではなかった。無情である]


 摂津国の住人である昆陽野こやの太郎たろうがこの命を受け、百騎の軍勢で急ぎ書写山へ向かい、戒円を捕らえて、院御所に参上した。


 戒円は院の御前に召されてこう尋ねられた。


「今回のことはお前一人がしでかしたことか、それとも協力した者はいるのか」


 糾問はとても厳しいものだったので、戒円は生きて帰れるかもわからなかった。

 そこで日頃から憎く憎しく思っていた者を道連れにしてやろうと思い、手を貸した僧が十一人いると白状をした。

[訳者注――もともと戒円は誰彼構わず喧嘩を吹っかけるような男であった。だから気に入らない者が多かったのは想像に難くない]


 再び昆陽野太郎が書写山へ急ぎ向かったが、前もって話が伝わっていたので、到着に先立って十一人が向かってきていた。

 すすんで出頭してきたとはいえ、戒円から名が出された者たちであったので召し置かれた。


 戒円は弁明することもできず処刑された。

 戒円が死ぬ時「わし一人の罪ではないのに、残る者を罪に問わなければ、わしは死んで悪霊となるぞ」と言った。


 戒円がそう言い残したからには罪に問うべきである。だから斬れと、十一人も皆斬られた。

[訳者注――この十一人にしてみればいい迷惑である]


 この時、武蔵坊は都にいた。


「これほど心地良いことはない。何もせずにいながら敵に思い通り罪が当たるとはな。弁慶の悪事は朝廷の望むところであるのだ」


 これを聞いて、いっそう悪事を働くようになった。

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