第10話

涼「一応聞くが、服はどうした?万が一、こちらに来ることを考慮して、服装一式を提供したはずだが」

さしあたりサイズが判らないので大きめのジャージを送った。化身人化術を使いこなせれば“服のサイズに合わせた状態”に化身できる。火の精霊にそれを求めるのは酷かもしれないが、最悪でも“大は小を兼ねる”し、もし窮屈ならば試着した上でその旨を連絡して来れば良いのだ。

火の精霊王「…一応化身してから試着ってのはやったんだ。それでまあ着れたんで…そのまま化身術を解除したら…燃えちまった。」


よくよく考えてみると、一部の精霊、特に火の精霊には衣類を身に纏うという概念が無い。


火の精霊王「まずかったか?」

涼「ああ、その状態も目立つのだ。人間界では犯罪という行為になる。罪なのだ」


今一、ピンと来ていないようである。

“王が罪を問われる”という事ももちろん無かった事だからだ。


言を重ねて解らせたい所だが時間がない、次の問題があるのだ。

涼が商店街の通りに面した窓に近づき、そっと外の様子を伺った。


思った通り、かなりの人だかりが出来ていた。

窓の外に、おそらくしがみ付いていたであろう“邪なるもの”を燃やして滅したのだ。

そうでなくても、先ほどまで室内で発生していた業火を目撃した者が居てもおかしくはない。

昼間に間近の近隣ビルで既に1件火災が発生しているのだ。近隣住民も火事火災に対して過敏になっているだろう。

消防車か、警察か、緊急車両のサイレンが近づいているのも聞こえる。


『まずいな』

同じように外を伺っていた姫も状況を把握した。

火の精霊王が言う

「蹴散らしましょうか?」


“人と争いに来たわけではあるまい”そう伝えようとしたが、姫が先に口をひらき、同じ意の言を伝えた。

姫『人と敵対せぬよう行動せよ。秘密裏に目的を遂行すること。良いな?』

火の精霊王「は、はい」


なには無くとも時間がない。

そのうち警官なり消防員なりがビルを上ってくるだろう。

それに鉢合ってしまえば、最悪放火の容疑者にされてしまう。

ビルの外には人だかりが出来ている。

姫に記憶消去術を駆使してもらうには人数が多すぎる。

一先ずは…


入ってきた非常口の扉を出て辺りを見ると、路地裏側のとなりのビルは一段低いビルだった。

螺旋階段の下の方から足音が聞こえだした。

迷っている暇はない。

ついてきた姫を抱えつつ、火の精霊王に言う

「あそこまで飛ぶぞ。出来るか?」

わざと“出来るか?”と付け加えた。私の言に対して、火の精霊王は性格上“出来ない”とは言わないからだ。

返事を待たずに飛び、先にとなりのビルの屋上に着地する。

足裏には水球を展開し、水圧による衝撃吸収を行い、ダメージを軽減させた。

先の戦闘で、精霊力もそうだが身体も消耗しているのを感じる。


遅れて飛び降りて来た火の精霊王が着地した。

数メートル下のコンクリートに、人間の身体で、裸足で着地したのだ。

「いっ!っっ!」

叫び声を上げそうになる火の精霊王になるべく小さな声で伝えた

「静かに!人間に居場所を悟られる」

人差し指を立てて口当てるジェスチャーをしたのだが、

火の精霊王が「一体それはなんのポーズだ?」と小声で言い、こちらを見た。

(そうか、人の行うジェスチャーは普通判らぬよな)そう気づき、火の精霊王の顔を見ると、その顔は必死に“足は痛くなんかないぞ”といった表情をしているが、目じりに涙が浮かんでいた。


物陰に隠れ、先ほどまで居たビルの4階非常口付近に目をやると、非常階段から上がって来た人々、おそらく救急隊員だろうか?が近づいていた。


間一髪、人に発見されるという危機を逃れたが、必ずしもここが安全とは言い難い。

捜査の対象エリアにならないとは言えないからだ。


移って来たこのビルの屋上を見渡す。

コンクリートの立方体部分に出入り口があり、そこに3人で身を隠している。

他に身を隠せそうな遮蔽物は無い。

そして出入り口はおそらく施錠されているか、もしくはセキュリティーが施されているだろう。

どちらにせよリスクがあるので、ドアを通るという手段はなるべく選択したくない。


精霊力の残存量を考えるとできることは限られている。

姫も消耗している。無理もない、高レベル大火炎精霊術(キャンセル)に加え、先ほどの異常な業火、氷の壁でも防ぎきれなかった灼熱に対して、水の精霊術で自身の人間身体の体温調整を行っていたのだ。


濃霧であたりを包む“身隠しの術”は、今の私の残存精霊力では、おそらく充分に出来ないだろうし、そもそも、この最も隠さなければならない“全裸の男”が濃霧、水分に包まれる事を嫌い、霧を吹き飛ばす可能性がある。

…忠告しておかねば…

「火の王よ、人の視界から身を隠すために霧を発生させる事になる。人間の身体には無害なのだからしばらく辛抱してくれ」


「…おまえ…わかった」

火の精霊王は違和感を感じていた。

人間界に来る前の、昔の水の精霊王なら「飛べるか」や「…辛抱してくれ」などといった言い方はしなかった。

「飛べ」や「辛抱しろ」という言い方をしていたはずだ。

(なんだよ…調子狂うぜ)

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