第11話
涼はポケットから携帯端末を取り出した。端末の側面ボタンを押すが反応しない。
あれだけの業火が間近に迫っていたのだ、それなりにダメージを負ってしまったのだろう。
よく見ると、自身の衣服もそれなりにダメージを負っている。
そうなると、これしか無いか。
空気中の水分子を連結し、かつ振動させて、糸電話の原理でしずくに連絡をとる。
「すまない、不覚をとり精霊力が枯渇状態にあるのだ。救助をたのむ」
「わかりました、すぐに向かいます、お兄様」
しずくからの返事に胸をなでおろす。
隣で聞いていた姫も笑みを浮かべて頷いた。
糸電話で使った連結水分子はしずくの精霊力で固定してもらい、それを辿る事によって迷う事無くしずくがやってきた。
かつて涼が行ったように、霧による身隠し術を行いながら、氷の板を空中に展開して足場とし、空中を駆けてきた。
近づきつつあるしずくの身隠し術の霧を前に、火の精霊王が緊張の面持ちをして冷や汗を流していた。
それを見る涼の視線に気づいた火の精霊王が言う
「だ、大丈夫だ、問題ねえよ」
やがて辺りは霧に包まれ、視界の距離が数メートルになった中、しずくが姫と涼の前に現れて一礼をした。
「お待たせしました。申し訳ありません」
普段着、室内着として着用している着物で来ている。
外出の際は目立たぬように洋服を着るしずくだが、急を要する事態ゆえ、着替えをせずに駆け付けたのだった。
そもそも霧による身隠しを行っているので、目立つ目立たない以前に人からは見つからない。
しずくが手に抱えていた内容量2リッターのミネラルウォーターのペットボトル2本を、姫と涼にそれぞれ1本づつ手渡す。
「行儀の良く無い行為ですが、やむを得ぬ状況ですので容赦願います。」
涼は蓋をあけてそのまま口をつけて飲みだした。
姫も同様に飲みだす。
文字通り、水が身体に染みわたり、水の精霊力が満ちていく。
水の精霊王は水から効率よく精霊力を吸収できる。(もちろん水量が多いに越した事はないのだが)
姫は水の精霊王ほど効率よく水から精霊力を吸収できない。
だが幾何かは回復した。
しずくは姫と涼兄さましかこの場に居ないと思っていたのだが、闇夜に紛れてもう一人いる事に気が付いた。
その人物の姿を凝視し、認識したしずくが緊張する。
右手で姫をかばいながら左手を前に向けて出し
「おのれ変質者め、姫様に手出しはさせぬぞ!」
全裸の男に向かって叫んだ。
姫があわてて言う
『ちがうちがう!』
涼がペットボトルから口を離して言う
「火の精霊王だ。化身人化している」
再び、ペットボトルに口を付ける。
しずく「なんと、やはり変質者でしたか」
火の精霊王「どういう意味だコラぁ!」
しずく「炎などという野蛮なものを駆る精霊など変質者のようなもの。しかも全裸ではないですか」
涼「うむ」
火の精霊王「言わせておけば…」
空になったペットボトルに蓋をしながら涼が小声で言う
「静かにしてくれ。間近に人間がいるのだ。トラブルを避けたい」
完全とは言えないが、ある程度の精霊力が回復し、一旦は落ち着きを取り戻す。
あとの問題は…この全裸の男をどうやって騒ぎを起こさずに拠点である自宅へ運ぶかだ。
まずはしずくに旨を話す。
「我々が秘密裏に行動している以上、残念ながらこの男を自宅に匿わねばならぬ。理解を頼む」
しずくは最初驚いた顔をしていたが
「…やむを得ないですね…」
と了解の返事をした。
涼「あとは運ぶ方法だが、最も手っ取り早い方法、ゲートを使おうと思う」
そう言って涼が床面に手をかざすと、床面に真円状態の精霊力に満ちた水たまりが発生した。
ゲートの術を水の精霊王が行うと、水たまりは江蓮邸の庭の池に接続された。
「よし出来たぞ。入れ」
涼がそう言って火の精霊王の背中をどんと押す。
「あぶねえ!な、なにしやがる。」
寸前で踏みとどまる。
水に向かっていくように押される形は、火の精霊にとっては処刑に等しい行為だった。
さっきの霧の接近は、事前に言われていて、かつゆっくりとした接近だったので心の準備が出来て耐える事ができたが、今度はいきなり押される形だったので反射で踏みとどまってしまったのだ。
(拒否されるよりもいきなり入れてしまった方が話が早いと思ったのだが、失敗だったか?)
そう思いながら、先に涼が半身ほどゲートに入り、火の精霊王の手を引っ張る。
「さっきも言った通り、人間の身体は水を浴びても大丈夫だ。(息を止めろとかは教えている暇は今はないな)」
火の精霊王は急展開に心がついてきていなかった。
「ちょっ、まて、だめだ消えちまう」
水たまりゲートの中から引っ張る涼と、水たまりの淵で踏みとどまる火の精霊王、引っ張り合いの均衡は
姫『後がつかえておるのじゃ。早よう行かんか!』
姫が後ろから火の精霊王のケツを思いっきり蹴飛ばした。
「グァ!」という声と共に均衡が破られて、火の精霊王が水たまりゲートへ吸い込まれる。
続いて姫が入り、しずくが入ると水たまりは段々と縮んでいき、やがて消えてなくなった。
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