第6話
あれから3日がたった。
なんとか生きながらえている。
傷は完全に消えている、というか傷跡は皆無だ、まるで何も無かったかのように。
でもはっきりとあの日の出来事は覚えていた。
姫がつぶやきだすと、手の周りが光だした。
化け物が言った「貴様は精霊界の!」
そして涼先生が言った
「秘密を聞かれている場合“最悪の手段”もやむを得ないのですが」
あの日以来、涼先生と会話する時、いつもと変わらずクールすぎる表情の、氷の瞳の涼先生を前にして会話をすると、どうしてもギクシャクしてしまう…気がする。
姫と話す時は、姫の方もギクシャクしている気がする。
いろいろ考えた結果、せめて江蓮家の人たちといるときは考えないように心掛けた。
人間、不思議なもので、そうしていると段々慣れて、どうしてもギクシャクしていたのが無くなっていった…と思う。
―
涼「どうにも不自然な気がするのですが、面と向かって“覚えていますか?”と聞くわけにもいきません」
“邪なるもの”と姫が対峙した夜、帰宅後の晩餐にて涼が口を開いた。
わざと口に出したのは、無邪気すぎる姫がじょう君に、面と向かって“覚えていますか?”と聞かないように釘をさす意味で話題に出したのだった。
姫『記憶消去術は問題ない…はずである』
後半は声のボリュームが少し落ちた。
涼「いざという時のために、さらなる修練をお願いします。もちろん記憶消去術を必要とする場面が無いに越したことはないのですが…」
姫『う、うむ』
涼「他にも気になる点があります。あれほど大きく、しかも言語を話すほど発達した“邪なるもの”を人間界で見たのは久しぶりです」
涼が言葉を続ける。
「せいぜい数センチ程度の大きさで、人間が視認できないほどの希薄な存在を度々滅した事はありました。あのレベルの“邪なるもの”が久しぶりにこの地に現れた事実。“もしかすると”と色々考える事はできますが、今の時点ではあくまでも想像の域を出ません」
(もちろん、あの程度のレベルの“邪なるもの”に後れを取る事はあり得ないのだが…)
手にしているぐい飲みに視線を落とす。
酒を口にして、いつもなら幾何かの時間は濃厚な日本酒の味とアルコールの人体への反応を堪能するのだが、先の危機状況を鑑みて、数秒で体内からアルコールを消去した。
―
江蓮邸での稽古の日がやってきてしまった。
母と江蓮邸の都合がついてしまったのだ。
なるべく考えず、自然に、と自身に言い聞かせてはいるのだが、“本気の涼先生”の事を考えると、さすがの母でも…と考えてしまう。
母でも、というか拳銃とかの攻撃でも、あの人外の化け物を相手にできるとは思えず、それを瞬殺した涼先生は…と考えてしまうのだ。
前回同様に道場まではしずくさんに案内されたが、本日は料理に集中したいとの意向でしずくさんは稽古に参加されなかった。
必然というか、姫と僕とで稽古を行う。
審判を務めた母が言う。
「浅い。やっぱり女子には充分に打ち込めないのね。」
試合終了の時間が来て、引き分けを告げられる。
姫が不満の意を述べる
『じょう殿、発声とほぼ同時に打ち込まれるな。防御が間に合わん』
先日の姫との会話を思い出す。
(『攻撃箇所を発声するという事は、聞こえてきた声に応じて、そこを防御すればよい、という事じゃな』)
そう言われても…と思っていると、涼先生が姫に言う。
「音速を超えて防御を行えば良いのですよ。姫」
顔色変えず、クールな面持ちのまま言ったが、どう考えても冗談だ…普通の人間なら…
母は冗談と捉えて(いつも笑顔なのだが)クスクスと笑っている。
姫は“なるほど”と合点のいった顔をしている。
僕はというと“面を外す前で良かった”と思いながら、面の下でこわばった笑顔をしていた。
―
次は母と涼先生が立ち会う番なのだが…
かつての稽古なら、特になんとも思わないのだが、先日“本気の涼先生”を見ている。
勝手に緊張していると、ニコニコ顔の母が話し出した。
「今日は涼さんにも先日お披露目した奥義の“剣の届く範囲に近づいたら遠慮なく切るから撤退してね剣”をやってもらいましょう。」
そこにいる他の3人がきょとんとしていると、母が続けて話した。
「この奥義のすごい所は、対戦者双方がこの奥義を使うと、争いが生まれないのよ」
そう言いながら時計の方を見た。いつのまにか、ちょうど稽古を終わる時間となっていた。
一度お暇し、着替えて再訪問した際には、しずくさんが食事の準備を終わらせてくれていた。
皆で食事を頂く。
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