第26話 冒険者ギルド
冒険者ギルドは王都の中心街の目立つところに存在し、建物の威容はこの都の中でもひときわ素晴らしいものだった。地上五階、地下二階に広がる建物はグランドゥール王国に散らばる各冒険者ギルドの総本山で、ここにはあらゆる冒険者に関する情報が集約されている。
常ならば無縁のそのギルドに、デルイは本日足を踏み入れた。
私服に着替えたデルイは飛行船に乗り込み、騎士団に事情を申し入れて緊急で馬を借り受けて走らせ、最速でたどり着いた頃にはもうすっかり日が暮れていた。
空港が王都郊外の空の上にあるために、ギルドまで来るだけで時間がかかってしまう。
ルドルフは残って先ほどの仮説を保安部部門長であるミルドへと報告している頃だろう。
正しければ出立前の今夜のうちにソフィアは何かをしでかすつもりだ。
「こんばんは、冒険者ギルドへようこ、そ……」
受付まで近づくとそこにいた若い女性がにこやかに話しかけて来るも、近づくにつれて十人ほどいた受付嬢の視線がほぼ自分に向けられていることに嫌でも気がついた。
人の視線を集めることにかけては慣れきっていた。
自分の容姿が人目を惹きつけることは幼い頃からの経験で知っているし、ただ歩いているだけでその動きが優雅に見せられるような振る舞いも身につけている。
歩きながら十人いる受付嬢の中で口説き落とせそうな人物に目をつけると、デルイは真っ直ぐにその女性の立っているカウンターへと足を向けた。
「こんばんは」
「あ、こ、こんばんは。見かけない顔ですが、冒険者登録でしょうか?」
ブラウンの髪を耳の下でゆるく二つ結びにしたその二十代前半と思しき女性は、目線を泳がせつつもそう業務用の台詞を口にする。
「いや。ちょっと尋ねたいことがあるんだけど。二十八歳のソフィア・ブライトンって冒険者についての情報をもらえないかな。つい最近までAランクの冒険者してて、引退したみたいだ」
デルイがいつものように顔に笑顔を貼り付けてそう問いかけると、受付嬢は途端に顔色を変えた。
「申し訳ございませんが、ギルドでは冒険者のいかなる情報も開示しておりません」
「まあまあ、そうカタイこと言わないで」
ここでデルイはカウンターからやや身を乗り出し、流れるような動作で人差し指を差し出すと受付嬢の顎をすくう。唐突に縮まった距離に、受付嬢は面食らって顔を赤らめた。
「ちょっとでいいからさ」
「で、ですが……」
「悪いことには利用しないから」
非常に胡散臭いことを言い続けるデルイであるが、その顔立ちの良さだけで全てをねじ伏せようとしていた。他の受付嬢もこちらをチラチラ見ているし、早いところ情報を引き出したい。
「教えてくれたら……明後日の仕事終わり、一緒に食事でもどうかな」
流し目で受付嬢を見、ごく至近距離でそう告げた。
真っ赤になった受付嬢が上ずった声で「し、少々お待ちください!」と言って去っていくのを見て、さて上手くいったなとデルイは内心で舌なめずりをした。
+++
「ソフィア・ブライトンという名前の冒険者は見当たりませんでした」
「本当に?」
「はい。五回ほど確認しましたが現在の冒険者リストにも引退者リストにも載っていませんでした」
「そっか、ありがとう」
満足したデルイは礼を言い、「じゃあ明後日迎えにくるから」と言い置いてギルドを後にする。ポケットに入れていた通信石を起動しルドルフとの通話を試みる。
やや待ってから、聞き慣れた愛想のない相方の声が聞こえてきた。
「デルイか、どうだった」
「ソフィア・ブライトンという名前はギルドに登録されてないみたいだ」
「とするとあの身分証は偽装か」
「その可能性は高そうだ」
「わかった、部門長にそのことを報告する」
「俺も今から戻るから」
通信を切るとデルイは繋いでいた馬に跨り全力で駆け出す。
ソフィア・ブライトンは嘘をついている。
デルイの推測が正しければ彼女の正体はイザベラ・バートレットであり、錬金術師のアリアと結託して空港に違法品を持ち込んだ。
そしてわざわざ瓶の蓋を開けてそこらに放置し、こちらの出方を窺ったーーなぜそんなことをする?
デルイは頭の中で考えを整理した。
幽冥の誘薬をばらまいて自身が得意とする魔物をおびき寄せる。
なぜか?
そこでデルイは新聞記事を思い出した。
ーーS級パーティー久遠の光が先々月エルネイールでの雷竜討伐に失敗して、要である前衛のフレデリック・カトラーが大怪我を負ったーー
そこに思い至った時、デルイは一つの可能性にたどり着いた。
仲間の一人が動けないほどの怪我を負っている。
死霊使いと呼ばれるイザベラ・バートレットが幽冥の誘薬を使用し、空港に魔物を引き寄せる理由。
そしてエルネイールへと旅立つ前夜に事を起こした理由。
推測が正しければ全てがーー納得できる。
そして同時にこれから起こる事を予期し、戦慄した。
きっと幽冥の誘薬はあの二本だけではない。
早く行ってイザベラを止めなければとんでもないことになるだろう。
馬のスピードをより一層早め、王都の闇をデルイは疾駆した。
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