第27話 非常事態
「第九ターミナルの飛行船の乗客、ソフィア・ブライトンなる女性が実はSランク冒険者のイザベラ・バートレットで、幽冥の誘薬を空港にばら撒いた真犯人だと?」
「はい」
デルイとの通信を切ったルドルフは推察を簡潔に部門長であるミルドへと報告していた。
「断言はできませんが可能性はあるかと。少なくともソフィア・ブライトンは身分を偽って飛行船に乗船しているようですし、調べる必要がありそうです」
ミルドはふむ、と顎を撫でながら考える。
「わかった、では至急第九ターミナルに人員派遣をーー」
『非常事態をお知らせします!』
ミルドの言葉を遮るようにアナウンスが詰所中に響き渡った。
『現在各ターミナルにてBランク魔物の夜魔が多発中! 至急確認をお願いいたします』
緊迫した声に弾かれたように所内にいた全員がミルドの顔を見た。
「ひとまず各ターミナルに人員を配置する。騎士と、それからアコライトの派遣もだ。ルドルフは第九ターミナルへ向かってくれ。デルイも来るのか?」
「はい、戻って来ると言っていました。しかし裏をとるために冒険者ギルドまで行っているので……」
「まだしばらく帰っては来れんな。やむを得まい」
一人でも多くの人員が必要だが、待っているほかないだろう。
「一人だと不測の事態に対応できないだろうから、ユージーン、サミュエルとともに行け」
「はい」
頷くとちょうど詰所内にいたユージーンとサミュエルの二人が手を上げて合図をする。
二人について駆け出し、職員用通路を走った。
「私がいない間を狙って薬をばら撒いたな」
「だがユージーン、どうやって?」
悔しげなユージーンにサミュエルが問いかける。答えたのはルドルフだ。
「真犯人と思しき人物はゲイザーを連れていました。バレないように空港内に魔物を飛ばして注意すべき人物がいないか探っていたんでしょう」
「犯人の目星がついているのか」
ユージーンの問いかけにルドルフは頷いた。
「では真っ先に逮捕に向かわねば」
職員用通路から中央エリアに出ると、そこは阿鼻叫喚の図となっていた。
虚ろな瞳の女性型の魔物の夜魔や、実体を持たない半透明の魔物レイスが空港を飛び交い見境なく人を襲っている。
夜に差し掛かる空港においては護衛を連れた貴族や高ランクの冒険者はその数を減らし、貨物船の船員や運賃を少しでも安く済ませようとする比較的ランクの低い冒険者で賑わっている。
冒険者は手に武器を取って魔物に立ち向かっているが、如何せん数が多すぎるのと戦闘の相性が悪すぎるのとで不利な状況に陥っていた。
「どれだけの薬を隠し持っていたんだ……! こんな数の魔物をおびき寄せるとは、尋常じゃないぞ!」
「ルドルフ、犯人のいる場所はわかるか?」
「おそらく第九ターミナルに停泊している旅客船かと!」
こちらに目星をつけた魔物が早速襲いかかってくるので、三人は迎撃の姿勢をとった。
実体を持たない魔物と戦うのは厄介だ。
空中を自在に飛び交う魔物を魔素を流した剣を振り上げ、一刀両断にする。夜魔は真っ二つになりながらも不気味な笑顔を浮かべ、すぐに体を元どおりにくっつけた。
「ルドルフ、こいつらの討伐に必要な魔法は聖属性、次点で炎だ」
ユージーンは得物の剣を腰に下げたまま抜こうともしていない。右手に圧縮した魔素を握りしめ、それを放つ。
舐めるような炎が夜魔を直撃し、業火に焼かれた魔物がぽっかりと開いた口から断末魔をあげながら消えていく。
「密度を上げないと消しつくすことは不可能だ」
「そんな真似ができるのは炎の魔法に長けているお前くらいだぞ、ユージーン。威力は劣るが武器に魔法をまとわせて戦うのが定石だ」
ルドルフもその言葉に頷く。炎の魔法が有効なのは知っているが、あいにくルドルフはそこまで得意ではない。ならば得意な武器で対応するしかないだろう。
空港中を魔物が飛び、手近な人間に襲いかかってはその特殊な魔法<魔素吸収>と<生命吸収>にて人の生気を限界まで吸い尽くしていた。
「アコライトの助けが必要だな」
「部門長が応援を要請しているので、二時間以内には来るかと」
「それまで何としても持たせないとならない!」
迫り来る魔物達に炎の魔法を連発しながらユージーンが答える。
「こいつら手当たり次第に魔素と生命力を吸い尽くしている。死者が出てもおかしくない」
泳ぐように空を飛び、滑空してから体当たりを仕掛ける夜魔とレイス。障壁にて防ぎきれなければ魔物た人体を突き抜け、そして抜ける時にごっそりとその人物の持つ魔素と生命力を奪っていく。
奪えば奪うほど魔物の力は強くなり、奪われた力が大きいほどに人は脱力感に襲われる。ひどい時にはユージーンが言うように死に至る場合もある。現状、そこここに倒れる人々はかろうじて息があるようだが、介抱しなければならないだろう。
「ともかく、数を減らしながら第九ターミナルへと行きましょう」
「ああ」
「うむ」
ルドルフの声掛けに呼応するように二人は頷くと、三人は立ちはだかる魔物を一匹でも多く仕留めるべく駆け出した。
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