第25話 ソフィア・ブライトン
「なんだ、まだ残ってたのか」
「そういうルドこそ、わざわざ報告しにきたのか?」
ルドルフがあまり成果のなかった報告をしに詰所へと戻ると、デルイがまだ残っていた。
「何で残ってる?」
「ちょっと予定ができたから」
意味深にそう言うデルイに嫌な予感しかしなかったものの、ルドルフは追及するのをやめた。こうと決めたデルイにはうるさく言ったところで聞き入れる気はないことを、一年にわたる付き合いでルドルフは把握していた。
もういい、好きにさせよう。俺に迷惑かけなければそれでいい。
「幽冥の誘薬は見つかったのか」
「いや、メイソン検査長が検査官を総動員してチリ見逃さない勢いで探してたけど、無かったみたい。まあ無いならないで良かったと思うけど」
「歯切れの悪い言い方だな」
「何となく不可解なことが多いからな……で、そっちはなんかわかったことあった?」
「あまり……アリアが久遠の光のメンバーと手紙のやりとりをする仲だということだけ」
「久遠の光と?」
ピクリとデルイが反応した。
「誰? イザベラ・バートレット?」
「いや、回復師のエルリーン」
デルイは小難しい顔をして顎に指をやった。
「ルド、一昨日の新聞とっといてあるか」
ああ、と返事をすると「見せて」と右手を差し出して来る。デスクの引き出しの一番下から引っ張り出したそれを渡すと、ガサガサと広げて目当ての紙面を広げた。久遠の光に関する記事だ。しばらく眺めたと思ったら、立ち上がって詰所を出て行こうとする。
「どこへ行く?」
「第九ターミナルのカウンター。エルネイール行きの停泊船に関する顧客情報を聞き出しに」
速度を速めて歩くデルイにルドルフは遅れをとらないようについて行く。職員用通路を通って第九ターミナル奥に設えられているカウンターへ。
そこにいる職員の一人を捕まえて、デルイが話を切り出した。
「明朝出発予定のエルネイール行きの船に乗る、ソフィアという女性に関しての情報が欲しいんだけど」
「ああ、はい。少々お待ちを」
保安部の人間がやってきたことで少々面食らった様子の職員であったが、言われた通りに顧客情報のリストを引っ張り出して来る。
「この方でしょうかね、ソフィア・ブライトン」
「見せてくれ」
受け取ったリストをデルイとルドルフの二人で覗き込む。
飛行船の乗客には事細かな情報を記載することが求められる。
国籍、名前、年齢、住所、職業、行き先と滞在目的。
「お前に声をかけてきた女性か?」
「ああ」
ソフィア・ブライトン 二十八歳。王都出身の元Aランク冒険者、エルネイールへの滞在目的は自然現象の研究のため。滞在期間は未定で、飛行船では二等客室へ宿泊予定。
特に不審な点はない、どこにでもいる旅客のように見受けられた。
目を細めてそれらを眺めたデルイは「ありがとう」と言ってリストを返すと踵を返して事務所を出る。
「あのソフィアという女性について何か気になることがあったのか」
「どこかで見たことがあると思ったら……似ていると思って」
握りしめていた新聞の紙面をくるくると開き、久遠の光のパーティーメンバーが描かれた絵をルドルフに見せる。指し示したのは、魔物使いのイザベラ・バートレットだ。
「だがこれはあくまでも絵だ」
「よく似ている絵だろ」
デルイは折れなかった。確かに絵とはいえよく特徴を捉えている。伝説的パーティというのはよくこうして絵にされるが、美化されているというのは否めなくても、どれもが特徴を捉えていた。
「他にも気になる部分があった。ソフィアはゲイザーを連れていたから十中八九
「イザベラは魔物使いの中でも特殊だろ」
言ってルドルフは、自分が次に何を言おうとしているかに気がついて口ごもった。そんなルドルフの言葉をデルイが引き取った。
「そう、イザベラは特殊だった。彼女は夜に連なる魔物を使役する……別称は
それは少しでも久遠の光について耳にしたことがあるなら知っている有名な話だった。
ルドルフは考える。
通常飛行船に乗船するためには国際身分証書が必要になり、それを偽造するのはまず以って不可能だ。証書には高度な魔法が施されており、身分を偽ることは難しい。バレれば速攻で投獄だ。
しかし。
相手がSランクの冒険者であればーー話は変わってくる。
多くの金とコネを持つ人間からすれば、証書の偽造も可能だろう。実際にそうした事件は空港内で起こるし、保安部で捕縛したこともある。
仮に本当にソフィア・ブライトン=イザベラ・バートレットだとすれば納得のいく部分もあった。
錬金術師アリアが久遠の光のメンバーと接触したことがあるならば?
イザベラの指示に従ってわざと捕縛され注意をアリアに向けようとしたに違いない。
「アリアが幽冥の誘薬を空港内に放置して、ゲイザーを使って人目がつかない時を見計らい、ソフィアがこっそりと蓋を開けた。多分この空港の……戦力を把握するために」
ルドルフの推測をデルイが引き取った。
「あとは二日連続で発見されたことで、捜査がされることも考慮したんだろう。今日は何も見つからなかった。検査官は皆引き上げて、空港の哨戒体制は通常と変わりない。ユージーンさんさえなんとかすれば、幽冥の誘薬に気がつける職員なんていないんだ」
ルドルフはデルイを見た。デルイは頷く。
「ルド、俺ちょっと冒険者ギルドへ行って来る。ひとまずこのソフィア・ブライトンという女性が本当にギルドに登録していた冒険者かどうか確認しないと、この仮説が正しいかどうかわからない」
「だがギルドは冒険者の情報を他の機関には漏らさないぞ」
「ああ、その点に関しては問題ないと思う」
そこでデルイは本日初めて、いつも浮かべている余裕たっぷりな笑みをその嫌味なほどに整った顔に浮かべた。
「受付嬢をオトすのには自信があるから」
大した自信だよ、とルドルフは肩をすくめた。
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