第24話 アリアの事情
相方がいないのをいいことにデルイが悠々とサボりを決め込んでいるその頃。
ルドルフは騎士団にて拘留中の錬金術師アリアの元を訪れていた。檻越しの面会では彼女は憔悴しきっている様子で、ろくに眠っていないのか目の下は落ちくぼみ精彩に欠いた風貌をしている。最初に出会った時よりも酷い。
ルドルフは目線を合わせるために腰を折り、片膝を立てて床につく。
「……空港内で二日連続で幽冥の誘薬が転がっていた」
ピクリと肩を跳ねるその様は追い詰められた小動物さながらだ。目線を合わせる。瞳の奥が不安げに揺れていた。
「押収したのは五本、それとは別に二本。何本作って、何本持ち込んだ? 正直に答えてほしい」
「つ、作ったのは……七本だけです。持ち込んだぶんだけで、二本は落としたんだと思います」
「本当に?」
「……はい」
ルドルフは息をついた。
「目当ては金だったと聞いているが、どうしてそんなにお金が必要なんだ」
「あの、あの……」
アリアがぎゅっと目を瞑り、ローブの裾を握りしめた。
「話した方が身のためだぞ。黙っていても罪が重くなるだけだ」
やんわりと言ったつもりだったがアリアには脅しに聞こえたようで、ますます萎縮する。浅い呼吸を繰り返し、しかし観念したようでポツポツと語り出した。
「……大切な人が大怪我をして動けなくなっているんです。その人は私の憧れで……できることがあればなんでもすると誓いました。だから……」
「だから違法品を輸出して金に替えようとした?」
「はい……」
もはや瞳から涙が溢れるアリアを見て、ルドルフは哀れな子だなと思った。
「どんな理由があるにしろ、犯罪は犯罪。君が落とした幽冥の誘薬をいたずら半分に誰かが蓋を開けた。間一髪職員がそれに気づいたからいいものの、もしもそのまま放置されたとしたら大事だ」
「はい、すみません」
ルドルフは立ち上がる。
「君のアトリエにも捜査の手が入る。今後はもうこんなことしないように」
「はい」
しょぼくれるアリアの元を後にして、ルドルフは次の目的地であるアリアのアトリエへと向かった。
+++
アリアのアトリエは王都の外れのアパートの一室で自宅と兼用で使われているようだった。冒険者の多くが居を構えるその区画に本日は多数の騎士が詰めかけており物々しい雰囲気を醸し出している。
ルドルフは自分の身分を明かして職員証を提示し、入室の許可を得ると中へと踏み込む。
あまり広くはない空間に錬金術師が使う道具が並び、棚にはびっしりと本や素材が詰め込まれ、天井には干された薬草が吊るされていた。
その独特な空間に騎士が五、六人とルドルフ。狭い中でぎゅうぎゅうと検分する騎士に混じってルドルフも何か手がかりはないかと机を漁り出す。
これほどまでに捜査をしなければならないのは、幽冥の誘薬の予備がまだあるかもしれない、と危惧してのことだった。
錬金術師はーー危うい。
その力を間違った方向に使えば一般人にも犠牲が出てしまう。
例えばここ王都で幽冥の誘薬を蓋を開けた状態で放置したとする。
一晩のうちに周辺から魔物が集まり、死霊や夜魔たちはその特異な魔法「
あまり大量に集まれば王都を防衛する騎士だけでは防ぎきれない可能性もある。
夜に連なる魔物に効くのは
そんな状況に陥るのは道端で高位の冒険者が暴れるより、余程たちが悪い。
問題は他にもある。Bランク冒険者のアリアが一人でこの薬を作り出せたとは考えにくいことだ。
幽冥の誘薬は材料を集めるのも困難なはずなのに、Bランクレベルの錬金術師が単独で素材を集め、調合したと考えるのは無理があった。
何でもいいが手がかりを集めなければ。
そんな気持ちでルドルフは手袋を嵌めてアリアのアトリエの捜索に加わった。
「エア・グランドゥールも大変だな」
騎士の一人が捜索の手を緩めずにそう話しかけてきた。細身の男で、歳の頃もルドルフとあまり変わらなさそうだ。
「幽冥の誘薬が二日連続で落ちていたんだって?」
「ええ。今は保安部の捜査官が全力で不審物が他にないか探しているところです」
騎士が肩をすくめる。
「金目のものを二本も落とすなんて、随分おっちょこちょいな錬金術師なんだな」
「おっちょこちょい、で済む問題なら良かったんですけど」
元々は整然としていたであろうアトリエの内部は今や騎士とルドルフによって混然としていた。
デスクの引き出しを開いて中を漁り、山積みになっている木箱の中を検める。
ルドルフは書架に収まっている本を引き抜いて中をめくっていた。
こういうわかりにくい場所に隠したい何かが挟まっているというのは保安部におけるセオリーだ。わかりやすい場所は騎士が請け負ってくれているので、わざわざそこに首を突っ込まなくてもいいだろう。
「ん」
めくっている本の隙間からパラリと一枚の紙が落ちる。
拾って読むと、どうやらアリアに宛てた手紙のようだった。
最後まで読み、署名までたどり着いたルドルフはそこに書いてある名前に目を見開いた。
「……久遠の光、エルリーンより……?」
なぜ、たかだかBランクの錬金術師に伝説的パーティーの一員である回復師のエルリーンから手紙が来る?
固まっていると異変に気付いた先ほどの騎士が紙面をのぞいてきた。
「どうしたんだ?」
「ああ、手紙がありまして」
「なんだこれは。久遠の光のパーティーメンバーからだと?」
たちまち険しい顔をして騎士の一人が手紙を眺める。
「読む限り相当親しそうだな。繋がりがあるとみて間違いなさそうだ」
「冒険者ギルドに尋ねてみますか?」
ルドルフがそう提案すると騎士は渋い顔をして首を左右に振った。
「ギルドは冒険者の情報を騎士団に漏らしたりしないだろう。彼らには冒険者の情報を守る義務がある」
ルドルフは唸った。冒険者は国に縛られ、介入されるのを嫌う。時に協力することもあるが、基本的には独立した機構だった。いかな王国が誇る最強の武力機構であろうとも、力ずくで介入すれば手ひどい仕打ちを受けるだろう。
あまりに無体な真似をして今後協力を得られなくなるのは避けたい。
結局得られた情報はこの手紙に書いてあることだけだった。
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