第10話 誘導
ルドルフは行き交う人々を的確に誘導しながら、この混乱する現場をいち早く収めようと奮闘していた。
「落ち着いてください。船には空きが十分ありますので押さずに並んでお乗りください」
「なあ、何が起こってるんだ?」
「先ほど騎士が、空賊がどうとか言っていたぞ。空賊が来るのか?」
「まあ、早く船に乗せてちょうだい!」
空賊という言葉に反応し、輪をかけてパニックが起こった。我先にと人々を押しのけて船に乗り込もうとする連中と、割り込まれて怒り狂う人、すでに乗船済みの人々からは、接続ゲートを通して早く出航しろと急かす声が聞こえて来る。
「荷物は最小限に! 全て持っていくのは不可能です!」
貴族というのは護衛、使用人を引き連れていることに加え荷物が多い。女性は動きにくいドレスを着ていることも相まって動きが遅く、列は遅々として進まなかった。常ならば荷物は使用人が先に個室に運び込むのだが、今はいちいち積み込んでいる時間などない。
「荷物は貴重品以外、持ち込まないでください!」
騎士が声を張り上げて言った。
「そんなこと言っても、これはとっておきのドレスなのよ!」
「これは商談に使う予定の品物だ、手放すわけにはいかない!」
口々に不満の声が噴出する。埒があかないと思いながらもルドルフは説得に当たった。
「命より大切なものなどないはずです。事態が収まってから再び回収してください」
「盗まれたらどうする、空港が賠償してくれるのか?」
「それより早く船を出せ!」
非常事態に慣れていない富裕層は己の保身に必死だった。なんとかなだめすかして最低限の貴重品以外はひとまとめに待合所へと置いていくよう促し、そしてなるべく迅速に船へと乗せる。中には使用人を置き去りに自分だけが乗り込む連中も散見され、あぶれた使用人は愕然として追いすがっていた。
空港側から取ってみれば、助けるべき人間に貴賤は関係ない。いずれの身分も種族も関係なく、全ての人間を船へと乗せてここから逃がさなければいけない。
非常事態を報告するアナウンスが繰り返され、各ターミナルで船が待機している旨、それに乗り王都へと降りる指示がひっきりなしに繰り返されている。
「うちの娘はどうなったのかしら?」
そんなルドルフの元へ、シャインバルドの一家がやってきてせっついた。
「申し訳ありません、先ほどまで職員が保護していたのですが見失ったらしく。現在捜索中です」
夫人がため息をつく。
「あの子はねぇ、これからシャインバルド家を背負って立つ人間なのよ。見失ったで済むと思っているの?これだけ騎士もいるんだから早く見つけてちょうだいな」
「努力しています」
「見つかるまで私たちはここに留まりますわ」
「ここは危険ですので、できればお降りいただけませんか。見つけましたら責任を持って送り届けます」
「信用なりませんわ」
「お前は降りていろ」
男の方が出てきて、夫人へと言った。夫人はでも、と食い下がる。
「戦闘が発生すると言っていたな。我々は召喚術士のシャインバルドだ、何かあるならば残って戦おう。娘はどこかで見つけたら、船に乗せる」
「でも、あなた」
「良いんだ。お前は危ないから下がっていてほしい」
少し葛藤したのちに渋々夫人は首を縦に振る。
「あの子はまだ戦えませんの。絶対、無事に送り届けてちょうだいな」
「請け負います」
ルドルフが一礼し、護衛とともに船に乗り込む夫人を見送る。
「さて、では私はここで待たせてもらおうか」
シャインバルドの当主はそう言うと、落ち着いた様子で手近な席へと腰掛け、待機する。この混乱の最中にあって、その佇まいは貫禄を感じさせた。
「船はここかしら!?」
「早く乗せろ!」
「まだ余裕があります。どうぞお乗りください」
ルドルフが周りの騎士とともに指示を出し、人々を乗せる。
「もうこれで満員だな」
「出港の合図をだします」
ルドルフはターミナルの大窓から、甲板でこちらを見ている船員に合図を出した。やがて接続ゲートが切り離されて船が空港から出港する。
「各ターミナルの船の状況を確認します」
ルドルフは通信石を起動し、各ターミナルにいる保安部員へ連絡を取った。まだ船が残っているターミナルを確認しなければ、客を誘導できない。
「第二、六、八はまだ定員に余裕がありそうです。あとはここ第一、そして第五にこれから船が向かっているそうですね」
「ちょっと、まだ乗っていないぞ!」
「まだ船はこれから参ります。お待ちください」
あぶれた人々がやってきたので指示を出す。阿鼻叫喚の様相を呈する中、優に一時間は過ぎたあとようやくターミナルから利用客の人影がなくなった。
「ようやくだな」
「ええ、これからです」
騎士と短く会話を交わす。
再び広い空港内にアナウンスがかかった。
「保安部職員、騎士、そして冒険者の皆様方は中央ターミナルへお集まりください」
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