第9話 相方は時々うっかりやらかす

 話は少し前にさかのぼる。デルイはシスティーナと連れ立って、彼女の話す他愛のない話に適当に相槌を打っていた。


「こう見えても私けっこう魔法がつかえるんですよ。召喚術だって、小さい幻獣なら呼び出せるんです。この猫妖精も私が呼んだんですよ。クーっていう名前なんです」


「すごいね」


「デルイさんは魔法使えます?」


「そこそこかなー」


「ええっ、見てみたい。得意魔法はなんですか?」


「雷」


「かっこいいですね!」


「ありがと」


 笑みを絶やさず、時々目線を合わせて話を聞いてあげれば大体の人間は満足してくれる。デルイが身につけた社交術だ。大体の人間は自分の顔しか見てないので、会話なんて適当でよかった。所詮は上っ面だけだ。うんざりする時もあったが、最近は割り切れるようになったので、これはこれでアリかなと思うようになってしまった。

 

 しかし、この少女、全く親を探す気がない。ずっとデルイの右腕にしがみつき、適当なターミナル名を行ってはそこに赴き、「あ、違いました!」と行ってまだ違う場所へと自分を連れて行く。そこには親とはぐれた寂しさや不安のようなものが見受けられない。

 クーという名前らしい猫妖精は、白い猫そのものの姿に小さな羽を生やしておりシスティーナの周りをパタパタと飛んでいる。一体なんの役に立つ幻獣なのだろうか。デルイは幻獣には詳しくないため、愛玩用以外で猫妖精が役に立つのか知らなかった。

 とりあえずデルイとしては、さっさと親を見つけてルドルフのところへ行かなければならない。あちらで何かが起こっているのは明白だったので、応援に行く必要がある。


「システィーナちゃんはさ、これからどこへ行く予定だったの?」


「北の方の国です。召喚術の学校へ通うことになっていて」


 しかしシスティーナは眉をぐっと寄せ、唇を尖らせる。


「でも、本当はそんなところへ行きたくない。勉強するなら王都でも良くないですか?」


「召喚術は特殊な魔法だから、ちゃんと専門の学校へ行って勉強したほうがいいよ」


 デルイがそう諭せば、システィーナはますます腕にすがりついて来た。


「嫌ですっ! 私、家にいたい。お父様とお母様と、弟は王都にいて私だけがそんな遠いところへ行くなんて絶対に嫌。だからわざとはぐれたんですよ。船に乗り遅れれば、行かなくて済むと思って!」


(あー、なるほどな。)


 合点がいった。だからあんなところに一人でぼーっと立っていたのか。要するに彼女は親を探す気などさらさらない。厄介な子に関わってしまったとは思うが、しかし行き先がわかればあとは容易い。ターミナル毎に大まかな行く方角は決まっていた。


「北の国なら第十ターミナルだね。送って行くからそこで待とう」


「ええーっ、いやぁ!」


 システィーナはふわふわの金髪を左右に振って駄々をこねだす。


「私、十一歳で社交デビューもまだなんですよ。恋もしないで遠い国の学校行ってひたすら勉強するだなんて耐えられません。友達だって誰もいないし……」


 下を向いてぐずぐずと不満を言いだしたところでどうにもならない。そしてデルイにはこのシスティーナの気持ちがイマイチ分からなかった。


 デルイが騎士学校に入学したのも十一歳だったが、彼は幼少の頃から父親と兄二人に死ぬほど鍛えられていたので家を出るのは大歓迎だった。入学した時にはあの地獄から逃れられると嬉しくて飛び上がるほどだったし、入学してからの訓練など家での鍛錬に比べれば生ぬるいもので辛くもなんともなかった。それよりも長期休暇で家に帰ると、同じく休暇で家にいる兄と父親に特訓メニューを課せられてそっちの方が百倍しんどかった記憶がある。加えて母親が社交マナーのなんたるかを叩き込み、夜にもなれば夜会だ舞踏会だと自分を連れまわすので、休みで家に帰ると休む暇がなかった。


 デルイの安息の地は実家には無い。


 昼は魔物が蠢く森に単身放り込まれ、追いすがるサーベルタイガーや殺人巨熊マーダーグリズリーを返り討ちにし、夜には使用人によって飾り立てられたのちにきらびやかな社交の場に出され、すり寄ってくる貴族達をやんわり断ったり、時に言いくるめたりする日々だ。


 思い出しても頭が痛くなる。


 おかげで索敵に必須な探知魔法の精度は異様に上がったし、人の感情の機微にも聡くなったが、そんなものデルイが望んで身につけたものでは無い。彼はもっと穏やかな日常が欲しかった。


「デルイさん? どうかなさいました?」


 システィーナが覗き込むようにこちらを見ていて、ハッと我に帰る。


「なんでも無いよ。とにかく親御さんが心配するから戻らないと。このまま逃げ回っても何も変わらないし、いつかは学校へ通わないといけない」


「だけど……」


「行ったら行ったできっと楽しいよ。友達だってできるって」


「うーん」


 システィーナはまだ納得していないようだった。尊い身分のご令嬢の機嫌を損ねて良い事など一つもない。どうしたものかと考えていると、不意に空港内にアナウンスが響き渡る。


「本日はエア・グランドゥール空港をご利用いただき誠にありがとうございます。只今当空港で不測の事態が発生いたしました。身体および生命に著しい影響が発生することが予想されます。ご利用のお客様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、最寄りのターミナルより王都へと下降していただきますよう宜しくお願いいたします。お近くの職員および騎士の指示に従いください。冒険者の皆様におかれましては、戦闘が発生することが予想されますので、ご助力いただける方はお残りください」


 不穏なアナウンスに、近くにいる利用客からどよめきの声が上がった。デルイにしても状況がわからない。

 直後に騎士達が走ってきて、大声で指示を飛ばしだした。


「アナウンスにありました通り、緊急事態が発生いたしました。指示に従い、お近くのターミナルより飛行船に乗り、王都まで下降をお願いします!」


「え……なに?」


 どなる騎士達と周りのざわめきにシスティーナは怯えたようにデルイの服の裾を掴んだ。デルイはそっと肩をたたく。


「大丈夫」

 

 腰のベルトに備えた通信石が起動している。取り出して応答すれば、ルドルフからの通信だ。

 

「ルド、なにが起こってる」


「空賊が来ている」


「空賊?」


 デルイは眉をひそめた。今このタイミングで、空賊の襲来とは運が悪い。


「着岸までは二時間といったところだ。詳しい話は後にする。シャインバルドのご家族が見つかった。第一ターミナルまで連れてこられるか」


「わかった……あ!?」


 デルイは周りを見回した。つい数秒前まで自分の服をつかんでいたシスティーナの姿が、無い。


「悪い、見失った。探して連れて行く!」


「見失った? 何やってんだ!」


 ルドルフの叱咤が飛んできた。


「空賊の竜の爪痕ドラゴンクロウがすぐそこまで迫ってきてるんだ、さっさと探して連れて来い!」


 聞かされた言葉はデルイが思っていた以上に悪い事態で、通信を切ると探知魔法ですぐさまシスティーナの気配を探る。そこまで遠くには行っていないだろう。さっさと見つけないと、文字通り取り返しのつかない事態になる。

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