アスコラク‐自殺する森‐

夷也荊

0.神話

 まだこの地が荒廃していた頃のお話です。


 天の神様は、これだけ大きな土地に動物も植物もないことを、大変残念に思われました。そこで、天の神様は、天に住んでいる他の神々と会議を開き、この土地に最初に使わす神を選ぶことにしました。それはそれは大きな土地に、最初に行けるのですから、神々はもろ手を挙げて、自分こそがあの地にふさわしい神であると言い合いました。会議はなかなかまとまりません。

 

 そこで天の神様は、考えました。土地は荒れていて、空気は淀んでいるが、鳥の神ならば上空からでも広い土地を飛びながら見渡すことができるかもしれない。天の神様はいい案が浮かんだと思って喜び、鳥の神の中でふさわしい神を探しました。もちろん、多くの鳥の神々が、自分こそはと手を挙げていました。しかし鳥の神々は自分の領地に対して、他の神々が介入することを嫌っていました。天の神は、皆で仲良く荒廃した地を良くしていきたかったので、困ってしまいました。天の神が頭を悩ませながら見渡すと、鳥の神々の中で一人だけ、手を挙げずに目を閉じている神が目に留まりました。それは青いカラスの神でした。天の神は青いカラスに問いかけます。


「どうして皆のように手を挙げないのか? かの地へ行きたくないのか?」


青いカラスは答えます。


「わたくしは、未熟者ゆえに青いのです。皆がそう言います。どうしてこんな未熟なわたくしが、このような大義を努められるでしょうか?」


天の神はその答えを、大変好ましく受け止めました。何と慎ましく、責任感の強い若者なのだろう。その若さと、かの地を思う気持ちがあれば、きっと役目を果たしてくれるだろう。天の神様はそう思って、青いカラスの若者に、かの地を見て報告するように命じました。様々な言葉が行き交いましたが、天の神様はこうと決めたら、譲らないのです。

 

 青いカラスの若者は、さっそくかの地の空へ向かう準備をしました。かの地は荒廃して土地と聞いていたので、青いカラスの若者は、弁当と水筒を持ってかの地の空に飛んでいきました。

 

 そこは、まさに何もいない不毛の土地でした。始終暴風が吹き荒れ、水もなく、大地は干からび、これでは誰も住むことができません。困りながらあちらこちらへ飛び回った青いカラスの若者は、お腹が減り、喉も乾きました。そこで、かろうじて生えていた枯れ木の枝にとまり、弁当を開けて、空腹を満たそうとしました。その時です。暴風が弁当を煽り、中身がすべて吹き飛ばされてしまいました。仕方なく青いカラスの若者が水筒を取り出し、せめて喉だけでも潤そうとしました。ごくごくと水を飲んでいると、あまりに慌てて飲んだので、むせってしまい、水が枯れ木の下にこぼれてしまいました。

 

 するとどうでしょう。こぼれた水が干からびた地面を潤し、ばらまかれた弁当の中身が芽を出し始めました。弁当の中身は木の実だったのです。潤った地に、植物が広がり、森が広がりました。青いカラスの若者は、これなら動物たちも遠慮なく暮らせると、安堵して天の神様に報告しようと飛び立とうとしました。

しかし、青いカラスの若者の袖を、誰かが引っ張りました。振り返ると、それは青いカラスの若者がとまっている木の女神でした。女神は地上に生えていた唯一の木だったのです。女神は言いました。


「ずっと一人で寂しくしておりましたが、あなたのおかげで仲間も増えて嬉しく思います。ただ、あなたは天上の神であり、私は地上の神です。二度と会えないと思うと胸が張り裂けそうです。どうか私と結婚してください」


青いカラスの若者は、女神の美しさや淑女ぶりに、すっかり心を奪われてしまいました。しかし、青いカラスの若者は、自分の使命を忘れることはありませんでした。女神に、自分が帰るまで待っていてほしいと言い残し、天上に帰ってしまったのです。

 

 このことが間違いでした。カラスの仲間たちが、青いカラスの若者をだまして酒宴に誘ったのです。その隙に、カラスの神の一人が天の神様にうその報告をしました。


「天の神様、大変です。青いカラスは報告を忘れて飲んだくれ、地上の女神にうつつを抜かしております」


天の神様は怒って、さっそく青いカラスの若者を問いただしました。しかし、青いカラスの若者は、仲間のカラスたちに沢山酒を飲まされて、十分に答えることができませんでした。酔っぱらっていた青いカラスの若者に、天の神様は怒って罰を与えることにしました。


「そんなにあんな荒れた場所が良かったなら、もう天上にお前の居場所はない。荒れた大地で一生を過ごすがいい」


そう言って、青いカラスの若者は、ついに天上から追放されてしまったのです。意気消沈していた若者に、木の女神が優しく声をかけます。


「私の夫よ。良く帰ってきてくれました。二人でこの地を良くしていきましょう」


この木の女神は青いカラスの若者と結婚し、二人の間からは様々な動物が生まれました。その中でも二つの足で歩く者を、夫婦は気に入って、様々なことを教えました。二つ足の者は、それを次々に習得して、集まって暮らし、夫婦となった神に、感謝を述べるまでになりました。そして、それだけではなく、二つ足の者たちは天上の神々にも祈るようになり、感謝を述べるに至ります。


 天の神様は、二つ足の者からの感謝にとても驚きました。なにしろ、荒廃した地はそのまま見放していた大地だったからです。天の神様はついに自分の目で、荒廃していたはずの大地を見ました。そして、自分の怠慢のせいで天上のカラスの神々に、騙されたと知ったのです。激怒した天の神様は、天上のカラスの一族をすべて、天上から追放し、言葉を奪いました。カラスはこうして、今のカラスになったのです。


 天の神様は青いカラスに謝罪をして、天上に戻って自分の代わりをしてほしいと頼みました。慎ましくも聡明な青いカラスの神は、半分を天上にいる時期と定め、もう半分を自分の妻と一緒に過ごす時期と定めました。こうして、地上に雨季と乾季が出来上がりました。


 しかし、いくら聡明な神とはいえ、愛おしい妻とは離れがたく、その間は雨が降り続きます。雨は青いカラスが天上に帰るまで降り続くので、二つ足の者たちは困ってしまいました。  そこで、二つ足の者たちは知恵を使いました。森の女神と天の青いカラス神様を驚かせ、二人に帰るべき時期になったと伝えようとしたのです。


 ちょうどその時、二つ足の者たちの間で、花をどうしたらよいかの会議があり、サマンと呼ばれる者が、この花ならば確実に森の女神と天の神様を引き離すと告げました。そこで、サマンの言う通りにしてみたところ、ずっと雨だった空は晴れ、雨がやみました。こうして、二つ足の者たちは、雨季を終わらせる方法を身に付けたのでした。


 これがガレート族の始まりであり、サマンの始まりでした。そして、この時サマンの手元に残ったのは、青いカラスの若者が落としていった鳴き声でした。あまりに尊いその声は、消えることなく笛になってサマンの証になりました。


〈ガレートの神話〉


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