第四十二話 復讐なのです!

「あははっ。んもぅやだ〜」


「ははっ。いいじゃあないか、邪魔者ももう居ないんだ。どれだけ俺が好きにしようが何も問題はない。そうだろう?」


「確かにそうだけどぉ……」


 ロイドの追い出されたあの酒屋の一角、流石に昼間から入り浸ってる人も少なく閑散としている中で、ロイドをノリノリで追い出した女と勇者だけがイチャコラしていた。


「あ、あの、勇者様……」


「ん?どうしたんだいアレーニャ、君もようやく僕と添い遂げる気になったかい?」


「い、いや、そうではなく……」


「あぁ?ならなんだと言うんだ」


「そ、そろそろ冒険を進めるか何か依頼を達成しないともうお金が……」


「ちっ!あのグズももう居ねぇし……そうだ。アレーニャ、君にやってもらいたいことがある」


「な、なんでしょう……?」


「この依頼を一人で達成してこい」


「そ、そんな……!無理です、私一人ではドラゴン討伐だなんてとても────」


「断っていいのかい?もし君が一人でこの依頼を達成できたのなら、ロイドをまたパーティーに入れる事も考えてるんだがね?」


 勇者はニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべつつ、無理と言おうとしたアレーニャの言葉を遮り、彼女にとって断ることの出来ない条件を付け足す。

 そしてそれを言われたアレーニャは苦渋の選択とばかりに辛い表情を浮かべ────


「っつ……!分かり、ました。その依頼私が────」


「受ける必要はないよ、アレーニャ」


「ロイド……君?」


 その勇者の出した条件を飲む直前、そんな彼女の前へどこからともなくロイドが現れたのだった。


「ロイドてめぇ……なんの断りがあって俺の仲間に触れてんだ?殺すぞ?」


「一度価値観を捨てよ、師匠に言われたがまさかここまで印象が変わるとは」


「あ、何言ってやがんだ?用がねぇならさっさとどっか行けよ」


「用ならある。勇者よ、お前に真剣勝負を挑む」


 スラリといつの間に抜いたかも分からない白い星々のような光を湛えた紺碧の剣を勇者へ向けながら、ロイドは至って平静にそう告げるのだった。


 ーーーーーーーーーー


 時を遡ること数時間前────


「さて、それじゃあ行くけど皆忘れ物ないねー?」


「「「はーい!」」」


 朝も早い日がまだ登り始めた時間、青みを帯びた朝の日差しの木漏れ日の中、大事な荷物だけを積み込んで四人はいつものキャンピングカーへと乗り込んでいた。


「あ、あのー……これはー…………」


「ん?あー……馬車みたいなもんだよ。馬の要らない馬車、私の愛車」


「う、馬の要らない馬車ですか……」


「そうそう。さっ、ロイド君は助手席、前の席ね。これからいっぱい案内してもらうからね。頼りにしてるよ?」


「は、はい!任せてください!」


「頼りにされて嬉しいのは分かるが、今から行くのはお主の戦いじゃ。お主の目標であって、妾達の目標ではない。故に手は貸さぬ。じゃからきちんと気を引き締めておくのじゃぞ」


 水無月に頼りにしてると言われたからか、少し耳を赤くしながら張り切るロイドを見て、ヘグレーナはロイドへとそう忠告を飛ばす。

 そう、修行開始から二週間の経った今日、ロイドは過去と決別すべく、自分を追い出した元相棒に復讐という名の腕試しをしに行くのだ。


「……はい」


「なんじゃ、言ってみろ」


「僕は……勇者に勝てるでしょうか?あの、歴代最強とも言われる勇者に」


「ふむ……お主、最初の魔術の授業で妾の言った事おぼえておるか?」


「えっ……と「一度価値観を捨てよ、さすれば物事の見方も変わる」でしたっけ」


「そうじゃ。魔術を初めて修める者に魔術に対する先入観を捨てさせる常套句じゃな。そしてそれは勇者に対するお主の考えにも言える事、向かい合った時一度意識してみるといい」


「……分かりました、心がける様にしてみます」


「うむ。とはいえその武器では確かに不安になるというもの、ちと借りるぞ」


「は、はい!」


「ふむ……あの狼の血を吸ったか、少しながら変異しておるな。どれ、朝じゃがまだ星は薄く瞬いておるならば……夜の残り灯、宿れよ「明星」」


 ヘグレーナがそう呪文を唱えると、薄く空に瞬いていた星々が一瞬キラリと強く輝き、それに応える様にヘグレーの持つ剣が輝き始め、その輝きが収まった時剣は明け方の夜空の様な星の瞬く紺碧色の刀身をへと姿を変えていた。


「銘は明けの剣、これならばお主の力にもなるであろう。ロイドよ、お主の努力我らに示せ」


「はいっ!」


 師匠からの激励と贈り物を受け取り、最後の不安の消えたロイドは強い意志の光を瞳に宿し、三人に続いて車へと乗り込むのだった。


 ーーーーーーーーーー


「真剣勝負だぁ?俺様とお前が?」


「あぁ。僕の未練を断ち切る為に、憧れからの卒業のために、真剣勝負を挑む」


「ヒュー、最後の見栄にしちゃかっくいいじゃねぇかロイド君。だが、流石におふざけが過ぎるんじゃねぇか、勇者に真剣勝負を挑む意味、分からねぇとは言わせねぇぞロイドよぉ」


「っ!」


「あーあー。勇者様に本気を出させるなんて、グズじゃなくて大マヌケだったわ」


 ロイドの真剣勝負を聞き、剣を向けられただけでは全く動じる事も無かった勇者の雰囲気が変わったのを感じ、ロイドは一瞬ながら剣を握る手を強ばらせる。

 それも仕方の無い事だろう、勇者は奇跡を起こす存在であり、通常ではその命に刃を届かせる所か戦闘不能に持って行くことすら不可能に近い。


 だが、真剣勝負を挑まれれば話は別である。


 勇者の奇跡は無くなり、挑戦者の刃は命に届く。代わりに、勇者の必要以上の力の封印という枷が消え、常人では対抗する事の出来ない本気を出す事が許される。

 それが勇者に真剣勝負を挑むという意味なのである。


「ロイド君……」


「大丈夫。ここじゃ迷惑だ、外へ行こう」


 そう言って酒場の外へ出ようとロイドが背を向けた途端、勇者は椅子に立て掛けてあった剣を掴むと、床板を踏み抜く程強く地面を蹴りロイドへと突っ込む。

 しかし分かっていたのか、それとも読んだのか、ロイドはその突進を避け、先に酒場の外へ飛び出してしまった勇者を追いかける。


「ちっ、これを避けるとは。まぐれに助けられたようだな、ロイド」


「この戦いがもう始まっているのなら、そこにまぐれは存在しない事はそっちの方がよく知ってるんじゃないか?」


「……ちっ、ほざけ!」


「…………それが本気なのか?」


 そう言って襲い来る勇者の目にも止まらない剣戟を、ここ数日で培った体術と見切りによってかすることも無く、簡単に避ける事が出来るようになっていたロイドは思わず口からそのような言葉が漏れてしまう。


「舐めんなぁ!」


 そう言って勇者が大きく踏み込むのを見たロイドは、ここで初めて剣へと手をかけ防御が出来るようにしていたが、繰り出された技はただの大振りな一撃で、少し身を屈めるだけで避けることが出来てしまう。


(勇者とは、こんなものだったのか?僕の思っていた勇者はもっとこう動きすら捉えられ無い程────)


「うらぁ!」


「っつ!」


 一瞬だけ拍子抜けして反応が遅れたのか、勇者の蹴りを食らったロイドは大きく吹き飛ばされながらも受け身を取る事でダメージを逃がし、隙なく着地する。


「成程……!通りで歴代最強と言い続けるわけだ」


(いきなり動きが捉えられなくなるくらい早くなった。そして勇者の力は想いの強さ、つまり勇者は自身のみならず他者の想い、敵対する相手の勇者に対する強さのイメージをそのまま自分の強さにするというわけか!)


「ははっ!やっぱ変わらねぇなぁロイド!少しは強くなったみてぇだがザコはザコのままなんだよ!」


「本当にそうかな、僕はもうお前を勇者だとは思わない!」


「ちっ!お前!」


 勝ち誇ったような、自分の強さを再確認したような表情のまま、隙だらけで追撃を仕掛けてきた勇者に対し、その強さの秘密を看破したロイドは、そう言うと初めて剣を抜き振り下ろされた勇者の剣を弾き飛ばす。

 そして剣を手放した勇者の首へ、ロイドは剣を当てる。


「これで、僕の勝ちだ。これで僕は、未来に進める」


「…………俺が……こんな、奴に……こんな、奴にぃ!」


「?!」


 つい先日追い出したロイドに完敗し、自我喪失した様にブツブツと呟いていた勇者がギリィと歯を食いしばりそう言った瞬間、周囲の空気が一変し、ロイドは何かに飲まれたような、そんな感覚に襲われ一瞬だけ気を許してしまう。

 そしてその一瞬のうちに勇者はロイドの剣から逃れ、弾き飛ばされた剣を拾い────


「サァ、本当の戦いはここからだぜロイドォ!」


 凶悪な笑みを浮かべ、ロイドへとそう言うのだった。

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