第四十一話 修行の成果なのです!
午前六時────
「しゅたっと」
「しゅっ、しゅたっと!」
「くるりん」
「くるっ……りん!」
「ぴょいっ、ひょい、てってってー」
「ぴょっ、ぴょいっ、ひょいっ、てってってぇぇぇっ?!」
朝早く朝霧に覆われた森の中、木から木へと、時に地面に降り立ち時には枝で反動を付けて川を超えたりと、縦横無尽に森の中を動き回るノルンにロイドは拙いながらも確かについていけるようになっていた。
「惜しかったのです!あぁいう場所はもう少してってってを素早くするといいのです!」
「てってってを素早く……分かりました!」
「それじゃあもう一度やるのです!」
「はい!」
午後二時────
「ほっ、はっ、せいっ」
「んっ……!つっ……!くっ……!」
「もっと素早く、かすることも許さないくらい見極めて」
「つっ……!はいっ!」
木の上でノルンが気持ちよさそうにお昼寝を取り、近くでヘグレーナが据え置き機のゲームに勤しむ中、ロイドはロクラエルの拳撃をスレスレながらも何とか回避出来るようになっていた。
「はぁっ……!はぁっ……!はぁっ……!」
「ん、上々。次からは足も混ぜてく」
「へっ?」
「んじゃ、始める」
「あっ、ちょっ、まっ!へぶぅっ?!」
午後九時────
「ふぅ……!」
「そうじゃ、自身の熱をしっかりと感じよ。そしてそれを右手、右足、左足、左手、頭と順々に巡らせるのじゃ」
「はい……」
月の光に照らされた夜空教室の定番の位置となった森の中の小高い丘の上、坐禅を組み魔力を巡らせられるようになったロイドを前にヘグレーナは満足そうな表情を浮かべていた。
「うむ。ここまで魔力が練れるなら魔術も使えるようになるじゃろう」
「ありがとうございます!師匠!」
「こら、誰が集中を切らして良いと言った。練り直せ」
「は、はい!」
「しかし修行開始から今日でもう一週間か。どうじゃ、少しは手応えも感じたじゃろう」
「はい……!最初こそなんの為にと思ってたけど、ここ昨日一昨日になって皆さんに少しだけでもついていけるようになって、食らいついて来てよかったと思ってます」
「言うようになったでは無いか。ならばここらで少しお主には自分を労る機会をやろう」
「自分を労る機会……?」
ーーーーーーーーーー
「いやぁー、向こうだと1日程度しか経ってないのに、まさかこっちだと一週間も経ってるとは、この世界のズレは凄いかもしれない」
「でもおかげで時間稼げるのです」
「その点には感謝しかない」
「だねー。それで、今はどこに向かってるの?」
「それは着いてからの」
「お楽しみ、なのです!」
ヘグレーナが昨晩その様なことを言った翌日、まるで見越してたかのように元来た世界から戻ってきた水無月は、ノルンとロクラエルによって森の奥、修行の場へと連行されていた。
「着いたのでーす!」
「おぉ、もしかしてここが例の修行の修練所?」
「そうじゃ、して今日のお披露目の場所じゃな」
「お、ヘグレーナちゃんにロイド君も一日ぶりー」
「は、はい!お久しぶりです水無月さん!」
「妾達からしたら一週間ぶりじゃがな。して水無月よ、時間は稼げたかの?」
「バッチリ、こっちの世界でいうなら後2週間分は稼いで来たよ」
「やるではないか。では水無月や、ここ1週間でのロイドの成長を────」
「……ヘグレーナちゃん?」
あまり見せないドヤ顔で語っていたヘグレーナが急に森の外へと顔を向けたのを見て、水無月は不安そうにヘグレーナの名前を呼ぶ。
「余り、良くないものが来たようじゃ。ノルン、ロクラエルよ」
「うん。分かってる」
「私達で何とかしよう」
「その役目、僕に任せてくれませんか」
「ロイド、お主出来るのか?」
「分かりません。ですが、この森に何かが入ったのは分かりました。まだ付け焼き刃みたいな物ですが、皆さんに教わった事を実践する機会、逃したくないんです」
「でもロイド君、本当に大丈夫────」
「大丈夫じゃ、ロイドならきっとやり遂げるはずじゃ」
「あれだけ身のこなしが出来るようになればだいたい何とかなるのです!」
「ん、回避も上達した」
「……随分と、皆から信頼を得たね。ロイド君」
「はい。一週間、みっちりシゴいて貰いましたから」
「言葉遣いまで変わっちゃって……分かった。任せるよ。ただし、危なくなったら直ぐに皆助けてあげてね」
「「「はい」」なのです」
三人から信頼を集めているロイドを見た水無月は、そう言うとロイドにその場を任せ、手招きするロクラエルの元に行く。
そして暫く五人が息を広めて待っていると────
『グルルルルルルルルルルル……』
「なんなのです……?あれは?」
「黒くて紫の……狼?」
「にしてはデカすぎるじゃろ……正に闇に囚われたフェンリルのようじゃ」
空間に響くかの様な、底のしれない怖気を感じる鳴き声と共に、巨大な黒い体を覆う体毛や、足の甲殻の隙間から淡い紫の色を発する巨大な狼のような生き物が姿を表した。
「ロイド、この世界の珍しいモンスターか何かか?」
「いえ、こんなモンスター見たこともありません。ですが……ここで、倒さないと行けない気がします」
「そうか、ならば任せたぞ」
「はいっ!」
そう威勢よくへんじをしたロイドが唯一持っていた道具である剣を構えると、そこで狼は目にも止まらない速さでロイド目掛け走り寄り爪を振りかざす。
(早い!だが────)
「見えている!」
(熱を集めろ、踏み込む足に、振りかざす腕に!)
「ぜあっ!」
その爪による攻撃を、ロイドは剣によって受け流す。そしてそのまま狼の懐へと潜り込んだロイドは、身体強化の魔術を発動し、一刀のもとに狼の喉を掻っ切る。
「やった!やりましたよ師匠!」
見事狼を討ち取りそう喜ぶロイドとは裏腹に、ヘグレーナ達の顔は安堵の表情から驚愕した表情へと一変する。
何故ならばロイドがそう報告する後ろには、掻っ切られた喉が元に戻り始めている狼の姿がそこにあったからだ。
「馬鹿っ!油断するな!そやつはまだ────」
『グルルルルルルルルルルルルァァァァァアアアアウ!!』
「ぐあっ!」
「ロイド君!」
「大丈夫です!受け身も取れましたし、爪も面で受け止めたから切られてないですし!」
「たった一日……いや、一週間見ない内になんだかすっかり変わったね、ロイド君は」
「じゃろう?あやつは自分に自信が無かったが、単に褒められる機会と優秀な師を得る機会が無かっただけじゃ。両方が与えられればこの通り、人間とは凄いものよ」
狼の一撃を受けたにも関わらずぴょんぴょんと動き回り、ある時は突っ込んできた狼の背を走り回避し、ある時は魔術による自己強化で一瞬だけ脚力を上げて隙を着く、一週間前とは比べ物にならないロイドの動きを見てヘグレーナと水無月はそう語る。
そして振り抜かれた爪を踏み付け、ロイドが大きく宙へと舞い上がる。
「これで、どうだ!」
『グルルゥウアァァァア!!』
キラリと眩しい陽光を剣に映し、噛み砕かんと迫る狼へロイドが剣を振りぬこうとしたその時────
ヴンッ
「「「「「?!」」」」」
鈍い、しかし体の芯に響くような音と共に、その場に居たはずの黒くて巨大な狼は、まるで昔のテレビの画面が消えるかのようにして姿を消したのだった。
「今のは……」
「消えた」
「勝ち目が無いと悟って逃げたか、はたまたま身を隠したか……なんにせよ、警戒は解くべきではないのぅ」
「でも、やな感じも無くなったのです!」
「私は皆が無事でホッとしてるよ。まぁこの件はさておき、ロイド君凄いじゃん!あんなすごい戦い、できる人なんてそうそういないよ!」
「そ、そうですか?」
「うん!それに関しては間違いなく保証するよ!」
「っ!ありがとうございます!」
「よし、それでは残り一週間。更にみっちりとお主に仕込む。覚悟は良いな?」
「はい!」
自身の努力による賜物に手応えを感じ、それを褒められたロイドはその賜物を齎してくれた三人の修行へとそう言って更にのめり込むのだった。
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