第二十話 空島の世界
「ふぅ……とりあえず、最低限こんなもんかな?」
「天幕かんせーい、なのです!」
チチチピピピと小鳥の囀る声と遠くから聞こえる強い風の音が響く花々が咲き誇る草原のど真ん中、仮とはいえ通信設備を付けた軍用の天幕を設営し終えた所で二人は互いに顔を見合わせそう言い合う。
「お、そっちもようやくひと段落のようじゃな」
「おかえりなさいヘグレーナちゃん。それにロクラエルちゃんも」
「ただいま。周辺の確認終わったよ」
「ありがとう。それでどうだった?」
「予想通りというか、予想よりも凄まじかったのぅ。美しかったが、残酷じゃった」
そう言いながら翼を大きく羽ばたかせて戻ってきたヘグレーナとロクラエルにカメラを手渡された水無月は、二人の撮ってきた写真を見て息を飲む。
その二人によって撮られた写真には、雲より高い空の中に浮かぶ扉のある一つの空島と、幾つもの島を周りに置く崩れかけた塔のそびえ立つ巨大な島が写っていた。
そう、今回の世界は天空に浮かぶ島々しか存在しない世界、浮遊群島の世界である。
「ロクラエルには島の周囲を、そして妾は島から少し離れた場所を見て回ったが、下に落ちても陸や海は無く離れた所にも大地はなかった」
「つまりは……ここは完璧な空島ということなのですね」
「そうなる。それで、これからどうすればいい?水無月」
「んー……そうだなぁ…………まず幸いだったのが大型の兵器やら車両なんかの、天守閣に持ち込めない物が必要じゃなかったのはよかった」
「それで、幸いではなかったものは?」
「ここまで異常な世界だと移動手段が足りない。そしてこちらからのサポートやバックアップ、特に戦力的なものやら物理的な物は全く期待出来なくなる、といった所かな」
「なるほどのぅ……じゃがまぁ、いつまでも手をこまねいている訳にもいかぬじゃろうし、何か考えがあるのじゃろう水無月?」
「あるにはある……けど、これは皆を守る立場にある私が命令する訳にはいかないから……」
「だとしても、それが水無月の本来の使命」
「どうせ妾達の力に頼るのは最初から分かっておった事じゃし、今更なんの問題もあるまいて」
「それに、みーちゃんならアタシ達を殺すような命令はしないと信じてるのです!」
額に手を当て悩んでいた水無月は、任せろと言わんばかりにそう言って励ましてくる三人の声を聞き、一瞬だけ驚いた様な顔をした後決意を決め、三人に自分の考えを話すのだった。
ーーーーーーーーーーーー
「や、やっと着いたのですー……」
「やっとって言うほど離れてはおらんかったはずなんじゃがなぁ……」
「ノルンが騒ぐから無駄に時間がかかっただけなのです」
「うぐっ」
『どう?皆、大丈夫そう?』
「ノルンが騒ぎはしたがなんの問題もないぞ、通信も良好じゃ」
あの後、水無月の考えた作戦が今回の歪みを一早く解除する事が出来るだろうという事で、その作戦の第一段階として扉のある島から今居る島へと飛んできたヘグレーナはそう通信機越しに聞こえた水無月の声にそう答える。
『機材が持って来れなくて歪みの詳しい場所は分からないけど、周りに何も無いこの世界だとその島の奥にある塔が一番怪しいと思う。とりあえず侵入はまだ辞めておいて、周辺の散策をお願いできる?』
「任せるのです」
「前も元凶は近くにあったし、その塔が怪しいのは賛成」
「とりあえずは島の中を探索することにするのです?」
「ならそっちの方はお主らに任せてよいかの?妾は少し気になる物があってのぉ」
「いいけど、どこに行く?」
「んー……島の下、と言えばいいのかのぉ」
「島の下……なのです?」
「うむ。もしかしたらこの島は浮遊島という訳ではないのかもしれぬ」
「分かった。島の中は私達に任せて」
「うむ、頼んだぞ」
そう言うとヘグレーナは大きく羽ばたき、二人とは別行動を取り始めるのだった。
「よかったの?水無月」
『単独行動は危ないけど、流石にこの世界を全く調べない訳にもいかないしね』
「なるほどなのです。それじゃあアタシ達はこの島の中を調べればいいのです?」
『そうなるね。こっちは皆に付けて貰ったカメラから情報は把握してるけど、基本は現場の判断が最優先で』
「了解。とりあえず塔の近くまで行って周囲をぐるっと見て回るから、何かあったら教えて」
水無月にヘグレーナの単独行動の是非を聞き、これからの動きを聞いた二人は、そう言って通信を切るとこの島の奥にそびえ立つ塔に向かって歩き始める。
しかしながら当然道中にも危険は潜んでおり……
「はえー……不思議な植物がいっぱいなのですっ?!」
「ノルン!」
「い、いきなり落ちたのです……ロクちゃん、助けてくれてありがとうなのです」
「大丈夫。でも足元気をつけて、落ちたらどうなるか、分からない」
「草の葉に隠れて地面に穴が……肝に銘じるのです」
眼下に広がる空の底へと繋がるあちこちに空いた大穴や。
「冷たっ……!雨?」
「傘は流石に持ってないのです……ってへ?わわっ!雨が雹に?!」
「結構大きい、どこか木下でやり過ごして────あれ?晴れた?」
「い、一体なんだったのです……」
次々と異常としか言えない速度で変わる天候。
そして────
「ロクちゃん後ろっ!」
「っ!ノルン!」
「ミニガンでも食らっとけなのですっ!」
「植物型とはいえ、ここまで鬱蒼としてると、本当に分からない」
「数メートル単位の高低差も出てきてるし、余計に足元にも気をつけなきゃなのです」
襲い来るモンスターや、高低差の激しい木々が鬱蒼と生えている地形は、確実に二人の体力を奪っていた。
「やっと塔の根元近くまでやって来たのです……」
「うん、さっきより近い。でも、高いところにあるみたいな気がする」
「高い分には最悪飛べばいいのですっと、なんだかあっちの方、明るいのです」
「行ってみる?」
「そうするのです」
あれから更に何度か空に落ちかけたり、モンスターに襲われたりしながらもようやく塔の近くまで来た二人は、時間も日暮れに差し掛かった頃合に太陽の沈む方とは違う塔の方の鬱蒼とした木々の隙間から光が指している事に気が付き、そちらへと歩を進める。
するとそこには、塔と同じ黒い石の建材で出来た石造りの村が広がっていたのだった。
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