第九話 撤退戦なのです!

 ブロロロロロロロロロ!


「ノルンちゃん!車の方出発準備しといて!」


「はいなのです!」


「何事ですか?!」


 凄まじい速度で狭い道から出てきた水無月の乗ったバイクからノルンが飛び降りた後、強引にバイクを横に倒して止めた水無月へ待機していた自衛隊員が問いかける。


「目的地にて敵襲!敵攻撃手段による距離が不明な為設営物は全放棄し直ちに撤退!殿は私達が!異論は認めません!分かったら動け!」


「「「「は、はい!」」」」


「いやはや、こういった時の水無月は恐ろしいのぉ。ほれ、研究員共は車に突っ込んで来てやったぞ」


「ん、ありがとへグレーナちゃん。自衛隊員は?」


「もうたどり着きそうじゃよ。さて、ロクラエルじゃが……」


『だいぶ戦いやすくなった。少なくとも負ける事は、ない』


「だそうじゃ。あやつ程守りにおいて適任の奴は居らぬからな、心配要らんじゃろう」


「なら安心ね」


 水無月の指示を聞きドタバタと撤退準備を始めた待機組を前に、空を飛んで先に着いていたへグレーナの報告と、ロクラエルから戦況を聞いた水無月はほっと一息つく。

 そしてそんな会話をしている間に、ヘロヘロになりながらも同行していた自衛隊員は一人も欠けることなく戻り、発進準備の整ったそれぞれの車両に乗り込んでいく。


「みーちゃん!出発準備終わったのです!」


「ん、ありがとうノルンちゃん。さて、それじゃあ後は皆が出てくれれば……よし、全部出たね。それじゃあ私達も少しだけ時間置いてから出るよ!」


「はい!」「了解じゃ」


 停められて居た最後の1台が出たのを見て水無月がそう言うと、ノルンは屋根の上へ、へグレーナは車の中に入りロクラエルを呼び戻す為にテレパシーを飛ばす。

 そしてテレパシーを受け取ったのか、発車する直前で車内にロクラエルがワープして来たのを確認し、水無月は車を走らせ始める。


「どうじゃったロクラエル?奴は厄介そうだったか?」


「強くはないけど、弱くもなかった。負ける事はないけど、厄介な事に、違いはない」


「ふぅむ……なら、やはり1度拠点まで戻り庇う対象を結界の中に入れて迎え撃つのが妥当じゃろうなぁ」


「OK!それじゃあノルンちゃん、迎撃頼んだよ!」


『はいなのです!っと、来たのです!』


 車が裂け目から荒野へと出て暫く経ったタイミングで備え付けの無線から車の屋根上に居るノルンによる接敵が知らされる。

 そしてその次の瞬間、きっとノルンが構えていたのであろう銃器の凄まじい轟音と共に撤退戦の火蓋が切られた。


「むっ。ダネルの徹甲榴弾がバイタルゾーンに当たったはずなのに、爆発しても怯んだ程度で普通に飛んで来てるのです」


『フハハハハ!今の魔術は素晴らしかったぞ!先程の者も含めまさかまだこの我にダメージを与えられる者が居るとは!この我、大魔王カマ──────』


「距離も距離ですし狙撃は辞めです。次!対戦車砲よーい……ってぇ!なのです!」


 抱え持っていた対物ライフルを空間収納へと仕舞い込み、ノルンは足元に置いてあった対戦車砲を蹴り上げて担ぐと狙いを定めてすぐさま発射する。

 しかしその弾は敵の飛ばして来た魔法によって届く前に爆発してしまう。


「ふぅむ、これも足止めにならないのですか……っと!みーちゃん回避を!」


『分かった!』


 魔法の使われる予兆を感じ、ノルンの指示に従い水無月がハンドルを切った途端、真っ直ぐ走っていたら通ったであろう場所に鋭い土の槍が生えてくる。

 そしてそれを見越した様に敵の放って来てた氷の弾を、ノルンは空間収納から引っ張り出したアサルトライフルで弾をばらまき迎撃する。


「きちんと魔法を物理的な攻撃に変換して使ってくる辺り、割とちゃんとした魔法使いなのです……よし、ならば──────」


『クククッ……何をして来ようと貴様の攻撃は致命傷になら──────』


「四連ロケットランチャー二丁同時撃ちを食らうのです!」


(それと同時に前方全方位に精神系の攻撃魔法を!)


『フハハハハ!派手な攻撃ですがそんな物この我にはっ?!』


 ロケットランチャー二丁撃ちというド派手な攻撃を完全に陽動へと使い、精神に直接痛みを与える魔法を放ち、見事にそれは空を飛んで追いかけて来た相手に効果を示す。


『貴っ様ァァァァァ!』


「おーおー、怒ってるのです。みーちゃん、基地へは後どれくらいなのです?」


『ははっ!まさかこんなに近かったなんてね!もう見えてきたし後数十分くらい!研究車両なんかはもう基地に入ったって!ロクラエルちゃんの時間稼ぎのお陰だねっ!所でなんか攻撃が激化してない?!』


「いやぁー、上手いことアタシの魔法が当たっちゃってお怒りのようなのでー……すっ!」


 激化して来た攻撃の中、ようやく見えてきた基地を目指し水無月の運転に揺さぶられながらもノルンは魔法で強化した軽機関銃で敵の攻撃を迎撃する。

 しかし基地まであと少しといった所で入口を塞ぐように前方へ特大の岩の塊が現れ、後方からは巨大な氷塊が車目掛けて飛んでくる。


『ノルンちゃん道を!』


「任せるのですっ!」


 ノルンは水無月の突っ込むという意志を汲み取ると撃ち尽したアサルトライフルを放り捨て、加速する車の上でくるりと回りながら右手には幾つかの手榴弾を、左手には対戦車砲を持つ。

 そしてそのまま氷塊には手榴弾を、岩壁には対戦車砲を撃つ事で道を切り開き、車は細かい傷こそあるものの壊れること無くロクラエルの結界がある基地に辿り着く。


「よし!ここまで来れば!」


「ん、もう安全。ノルン、おつかれ」


「疲れたのです〜」


『フン!この程度の結界、この我には──────』


「そなた程度ではこの結界はどうしようもないと思うがのぉ。さて、ではここからは妾の出番じゃ」


 何か魔法を結界へ叩き込もうとしていたその敵の前へ車から降り、バサリと翼を羽ばたかせながら現れたヘグレーナはそう言って髪を耳にかける。


『チッ、また新しい敵か。だが、先程の猫程度の力しか持たぬ貴様では我を倒す事は出来ぬ!』


「まぁ、今はそうじゃろうな。じゃが丁度いいことにようやっと日が沈み始めたのでの、まだ全力は出せんがこれなら働かないただのヒモにならずに済みそうじゃ」


『日?』


「そうじゃ、妾はこれでも竜での?普段は人よりかなり強い程度の力しか出せぬが、それでも元の世界では夜を司る竜でなぁ。まぁ夜に差し掛かれば……」


『な、なんだ……?なんなのだ……?!その、その魔法陣はぁ!?』


「僅かじゃが力も戻りこんな事すら出来る、という訳じゃ。さて、では無駄に長く高説を垂れる必要もあるまい。それでは終いじゃ。降れよ星々「星辰」!」


 ヘグレーナが手を掲げ短い呪文を唱え終わると、紅の空に浮かび始めた星が一度強く瞬いた後、数多の光が空から降り注ぐ。

 そして光が降り終わる頃には、そこに居たはずの敵は跡形も無く消え去っていた。


「さて、これだけやれば文句はなかろう。のう、水無月よ……水無月?」


『……ヘグレーナちゃんってこんな凄いこと出来たんだ』


「んなっ?!それは失礼というものじゃぞ水無月よ!今から妾の凄さをみっちり説明するからそこで待っておれ!」


 一仕事終え、無線にて水無月へと報告したヘグレーナは怒ったようにそう言うと、皆の居るキャンピングカーへと翼を大きくはためかせ戻っていくのだった。

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