第343話 帰り支度(ガルツ要塞)

 そうこうしつつもガルツ要塞が落ち着きを取り戻したことで、アデルたちはミドルンへと戻ろうとしていた。


「じゃあそろそろ帰りましょうか」


 荷物をまとめ、帰り支度をしたアデルが言う。中庭にはアデルを見送るために多くの兵士たちが集まっていた。


「ロニーさん、すいません。またここの防衛をよろしくお願いします」


 ガルツ要塞に残って防衛を担当するロニーにアデルは頭を下げる。


 ガルツ要塞は娯楽も少なく、また常に最前線であるという緊張感もあるため、アデルとしては定期的に部隊を交代させてあげたいと思っていた。現在のダルフェニア軍には大きな戦力としてロニーが率いるガルツ守備隊と、ルクス率いる救帝兵団がある。だがさすがに元カザラス兵である救帝兵団にガルツ要塞の守備を任せることは不安視する声も多く、現状ではロニーの部隊しか適任がいない状況だ。


「はっ! しかし私などで大丈夫なのでしょうか……?」


 敬礼しつつもロニーは不安を口にする。


「ロニーさん以上に優秀な方なんてなかなかいませんよ」


 アデルは苦笑いを浮かべた。ロニーは下級貴族としてこれまで冷遇されており、いまいち自分の能力に対して自信を持っていない様子が見受けられた。


「ここでもオリムでも何倍もの戦力相手に持ちこたえたでしょ? それ以上の戦果を望んだら、ただの我が儘だよ」


 ラーゲンハルトが笑いながらロニーの肩を叩く。


「本当ならそんな状況で戦わなくて済むようにしてあげるのがアデル君の役目だけど、国力的にそんなことも言ってられないからね。兵士のみんなには苦労を掛けちゃって申し訳ないね」


 肩をすくめながらラーゲンハルトが言うと、ロニーは勢いよく首を振った。


「と、とんでもございません! アデル様のご威光や神竜様のご加護は万の兵にも匹敵いたします! 不肖ながらこのロニー、アデル様のご期待に沿えるよう全力を尽くします!」


「はは……よ、よろしくお願いします」


 背筋を伸ばし、再度敬礼するロニーにアデルは別れを告げてその場を離れた。


 中庭では救帝兵団やミドルンの守備隊など、援軍でやってきた各部隊も帰還の準備をしており、用意が出来た者から次々と出発していた。


 領土を急拡大した神竜王国ダルフェニアはまだまだ不安定である。元々すべてはヴィーケン王国領であったため住民の反発等は少ないが、それでも混乱に乗じて犯罪を犯すものや、根強いダークエルフら異種族への嫌悪などもあるため、治安維持のための兵の派遣は不可欠だ。


「じゃあ僕も行くよ。フォスターと一緒に兵の配置とかいろいろ考えないとね」


 ラーゲンハルトが軽い口調で言う。しかし表面上の態度とは裏腹に、頭の中では真剣に考えを巡らせている。


 ラーベル教会が転移門という技術を持ち、なおかつ強力な戦力を保有していると判明した以上、神竜王国ダルフェニア国内のどこかに急に出現して奇襲を仕掛けてくる可能性がある。そう考えたラーゲンハルトはそれに対応できるような兵の配置を考えなければならなかった。


(最低でも救命騎士百人に対抗できるような戦力を各地に……う~ん、難しいな)


 ラーゲンハルトの頭の中は早くも考え事でいっぱいであった。


「はい。僕は地竜王さんを送りながら、地竜王さんが僕に預けたいってものを受け取りに行きます」


 アデルの脇にいる、アースドラゴンの子供を抱えた地竜王に視線をやった。


「ありがとう。だけどアデル君だけで持っていくのは厳しいんじゃないかな」


 地竜王は苦笑いを浮かべた。


「えっ、そんなにたくさんあるんですか? じゃあ何人くらいいればいいですかね?」


「たくさんといえばたくさんなんだけど……なんて言ったらいいかなぁ」


 アデルの問いに地竜王は首をひねる。


「そもそも何をアデル君に渡したいの?」


 ラーゲンハルトが地竜王に尋ねる。


「ミスリルなんだ」


「ミスリル!?」


 あっけらかんと言う地竜王の言葉にアデルは驚いた。


「そうそう。たまに人間が来るようになったから、ミスリルを狙ってるんじゃないかと思ってさ。それで魔法文明が復活してるんじゃないかと思って、おいらは人間の町に偵察しに行ってたんだよ。結局何もわからなかったんだけどね」


「それで人間の町に行ったんですね……」


 アデルは地竜王が捕まっていたことを疑問に思っていたが、話を聞いて納得した。


「魔法文明のミスリルの武器には苦労させられたからね。だけど魔法文明が本格的に狙ってきたら、僕らだけで守り通すのは難しい。だからどうしようかと思ってたんだけど、アデルさんになら任せてもいいかなって。それに魔法文明と戦ったダークエルフたちがいるなら悪用もしないだろうと思ってさ」


「ええっ!? せ、責任重大だなぁ……」


 地竜王からの信頼にアデルはおろおろした。


「そのミスリルって使ってもいいの?」


 ラーゲンハルトが尋ねる。


「う~ん……あんまり良くはないけど、必要なら仕方ないね。だけど渡す相手はちゃんと選んで欲しいな」


「そうですよね。持ち逃げされちゃったりしたら大変ですし……」


 地竜王の言葉にアデルも頷いた。


「それで、そのミスリルは精製された状態なのか? それとも鉱石なのか?」


 イルアーナが地竜王に尋ねる。ついでにアースドラゴンの頭を撫でていた。


「鉱石っていうか……鉱脈っていうやつかな?」


「ミスリルの鉱脈!?」


 イルアーナが驚きの声を上げる。


「そうそう。僕たちがいた場所の下に埋まってるんだ」


「だからアースドラゴンさんたちは食べるものがなくなってもあの場所から動かなかったのか……」


 アデルは納得した。


「つまりミスリルの鉱脈を掘り出して、それを管理しろということか」


 イルアーナが眉をひそめて呟く。


「うん。あそこはアースドラゴンたちも不便だからね。ミスリルをアデル君たちが預かってくれれば他に引っ越せるし。もちろんすぐじゃなくていいよ」


「わ、わかりました。考えてみます」


 アデルはぎこちなく頷いた。


 そして地竜王と子供のアースドラゴンはハーピーが縄張りまで送り届けることになった。


「バイバーイ」


 ハーピーに吊り下げられながら地竜王が手を振る。アースドラゴンの子供も首を振って別れを告げていた。


 アデルたちもその姿を見送りながら手を振り返した。

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