第344話 悪ふざけ(ミドルン)

 地竜王を見送ったアデルたちは、ラーゲンハルトらとともに馬車でミドルンへ帰還することとなった。


 馬車に揺られながら、アデルは流れる景色をボーッと見つめる。その左右ではポチとピーコがアデルにもたれかかり、寝息を立てていた。


「それにしても朗報だね。ミスリルが大量に手に入るなら、うちの戦力も強化できるでしょ」


 ラーゲンハルトが笑いながら言った。しかしイルアーナは険しい表情をしている。


「いや、そう簡単ではないぞ」


「何か問題が?」


「ミスリルは特殊な金属だ。その加工は一筋縄ではいかないだろう。ケンタウロスたちが加工できれば良いが……」


「確かにそれは問題だね」


 ラーゲンハルトはイルアーナの言葉に表情を曇らせた。


「ケンタウロスさんたちが出来なかったら……いったい誰ならできるんだろう」


 アデルは首をかしげる。


「いるとしたら……やっぱりドワーフだね」


 ラーゲンハルトが浮かない表情で言った。


(ドワーフ……)


 それはアデルにも聞きなじみのある種族名だった。ファンタジー世界では定番の種族であり、人間より小柄ながら、髭モジャで筋骨隆々という姿で描かれることが多い。


「ドワーフか。確かに金属を扱わせるなら奴らが一番だが……いま奴らは……」


「そう、完全にカザラス帝国の支配下にあるんだ」


 イルアーナの言葉を受け、ラーゲンハルトが言った。


「支配下……ってことは、ドワーフさんたちはカザラス帝国に賛同してるんですか?」


「う~ん、表向きはそうなってるけど……実際は酒と麻薬で中毒にして、無理やり働かせてる感じなんだよね」


「ええっ、そんなことが!?」


 ラーゲンハルトの話にアデルは驚いた。


「麻薬か……酒と鍛冶にしか興味がない享楽的な種族だとは思っていたが、そこまで落ちぶれるとはな」


 イルアーナが眉間にしわを寄せる。


「彼らが作る武器は帝国にとって魅力的だった。だから帝国は彼らと取引したんだ。酒と武器を交換する取引をね。だけど彼らの生産物を独占したい帝国は、その酒に麻薬を混ぜた。ドワーフたちも異変は感じてたんだろうけど、美味いうえに気持ちよくなれるならいいやって感じだったらしいよ。イルアーナちゃんの言う通り、本当に酒と鍛冶以外興味がない種族なのかもね」


 肩をすくめてラーゲンハルトが言った。


「まったく……そんな種族とともに戦ったと思うと恥ずかしい」


「えっ、ドワーフも魔法文明と戦ったんですか?」


 イルアーナの呟きにアデルは驚く。


「ああ、そうらしい。魔力で武器や鎧を量産する魔法文明が許せなかったのだと聞いている」


「そ、そんな理由で……」


 アデルは顔をひきつらせた。


(鍛冶オタとでも言うんだろうか……)


 ドワーフのこだわりにアデルは若干引いていたが、確かにそれだけ鍛冶に精通しているのであればミスリルの加工もできるかもしれないと思っていた。


「それで、そのドワーフさんたちはどこにいるんですか?」


「絶望の森の北にバーゼル山脈ってのがあるんだけど、そこにドワーフの集落があるんだ」


 アデルの問いにラーゲンハルトが答える。


「へぇ。けっこう遠いですね……」


「そうだね。だけどまず考えるべきはミスリルを掘り出す方の算段かな。その前に国内を安定させないといけないし、やることは山積みだよ」


「ははは……なかなかのんびりさせてもらえませんね……」


 アデルはぎこちなく苦笑いを浮かべた。


 そうこうしつつ、馬車は一路ミドルンを目指して進んでいった。






 ミドルンの町は歓声に包まれていた。ガルツ要塞から兵が帰還するたび、住民から拍手と労いの言葉が発せられる。特にアデルを乗せた馬車が姿を見せると、その歓声は最高潮に達した。


「アデル様!」


「神竜王国ダルフェニア、バンザーイ!」


 アデルが乗っていたのは一般兵と同じ馬車であったが、ミドルンの住民にはアデルの容姿はだいぶ認知されてきている。カザラス軍を何度も退けつつ、分裂したヴィーケン王国領を瞬く間に統一した若き天才軍略家として、アデルの人気はさらに高まっていた。


 それでもまだ一部では「アデルはダークエルフに操られている」などと言う者もいる。アデルが街で話しかけられた時に目が虚ろで反応が鈍かった、などという証言もあった。もっともそれはアデルが人見知りを発揮していただけなのだが。


「ど、どうも」


 アデルはどうしてよいかわからず、恥ずかしそうにモジモジしながら歓声の中を進んでいった。そしてミドルン城に入城し人混みから離れると、アデルは安堵のため息をついた。


「よし、我は駆け付けクッキーじゃな」


 ピーコは馬車から降りると、さっさとクッキーを買いに出かけてしまった。


「とりあえず今日はゆっくり休もう。みんなまだバタバタしてるだろうしね」


「わーい」


 ラーゲンハルトの言葉にアデルは笑顔になる。やることは山積みであったが、とにかく今はゆっくり休みたかった。


 アデルたちは食事をとり、しばらくぶりに自室のベッドで眠りについた。


 しかし……


(ん……?)


 眠り始めてからすぐに、アデルは目を覚ました。何か気配が近づいてくるのを感じ取ったのだ。


 アデルは起き上がると、ベランダに通じる扉を出る。空気はすっかり秋めいており、涼しい風がアデルの頬を撫でた。


 空には大きな月が浮かんでいる。気配はその月の方から近づいてきていた。


(ワイバーンさんに似た気配だけど……)


 アデルは首をひねる。ワイバーンが自発的にミドルン城へやってきたことはない。


 気配は四つあり、そのうち一つは異質な空気を漂わせていた。


 月明りの中、気配の方向に目を凝らすと三つの影が見える。丸みを帯びた鳥のような姿の生き物が翼を羽ばたかせながら急速に近づいてきていた。


(なんだ、鳥か……ん?)


 アデルは眠い目をこすりながらぼんやりとその影を眺めていたが、すぐに違和感を覚えた。その気配はまだ距離があるのに、鳥の姿はすでに馬よりも大きくなっている。そしてさらに複数の弱い気配を感じ取った。よく見ればその生き物の足につかまれた人影がいくつか見える。


(……?)


 アデルが茫然と見つめる中、その生き物たちは目の前までやってきて大きく翼をはためかせた。鳥のようなその生き物は巨大で、翼を広げたその姿はワイバーンと同じくらいの大きさだ。体がモコモコの羽毛に覆われている分、ワイバーンよりも大きな印象を受ける。風圧が押し寄せ、アデルの髪型がオールバックになる。


 その生き物は白い羽毛に包まれた真ん丸の鳥に見えた。黒いつぶらな瞳がアデルを見つめている。その鳥たちは足を伸ばして、掴んでいたものをベランダに降ろした。それは間違いなく人間であった。しかし死んでいるのか気絶しているのか、グッタリとしたまま動かない。


 訳も分からず立ち尽くしているアデルの前に、鳥の背中から小さな人影が飛び降りた。


 それは少女だった。年の頃は十歳ほどだろうか。身長はアデルの腰より少し高い程度だ。青みがかったミディアムボブの髪に縁どられた顔。大きなくりくりとした目がアデルをじっと見上げている。


 異様なのはその格好であった。夏はとっくに過ぎているのにもかかわらず、白いスクール水着のようなものを着ている。腰にはご丁寧に浮き輪まで付いていた。額にはシュノーケル付きの水中ゴーグルがかかっており、手には水鉄砲を持っている。


 現代日本の夏場のプールであれば違和感はないが、ファンタジー世界ではありえない格好だ。


(なんだ、この作者の悪ふざけの塊みたいな女の子は……?)


 アデルは口を開けたまま、その少女と無言で見つめ合った。

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