第342話 全然違う(ガルツ要塞)

※338話「マチルダ海戦 1」の冒頭を修正しました。

「神竜王国ダルフェニアがカザラス帝国の攻撃を退けたころ、」

 ↓

「神竜王国ダルフェニアがカザラス帝国の攻撃を退けてしばらく、」


※大陸地図を作成しました。

https://kakuyomu.jp/users/tenutenumaru/news/16817330659499695429


※予約投稿を間違えて、今話が一度公開状態になっていました。


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 ガルツ要塞の中庭で、アデルたちは謎の生き物を取り囲んでいた。


「ずいぶん変わった鳴き声ですね。山羊と豚の中間というか……」


 アデルが鳴き声を聞き首をかしげる。


「おお、アデル様。南の山間を探索しているときに見つけたのです」


 プニャタがアデルに説明した。


「我々が乗っているヤリシシが見つけましてな。恐らく同じような種族なのでしょう。周囲を探索しましたが、親もいないようなので連れて帰ってきてしまいました」


 プニャタが手を差し出すと、ウリボウのようなその生き物はプニャタの手に体を摺り寄せる。


「ベヒ~ッ!」


「はっはっはっ、かわいらしいですな」


 プニャタが相好を崩していった。


「しかし随分、ちっちゃいね」


 地竜王が笑顔でその生き物を撫でようとする。その生き物はそれまでと一転して威嚇するように地竜王の手を睨んだ。


「そうじゃのう。子育てを放棄したのか、親が死んでしまったのか……」


 ピーコが首をひねる。


「思ったより成長が遅かったんでしょ。南はエーテルが薄くなってるし」


 ポチがジト目でその生き物を見つめながら呟いた。


「みんな知ってるの?」


 アデルが不思議そうに尋ねた。


「この前、教えたじゃろ。ベヒモスの子供じゃ」


「ベヒモス?」


 呆れたように言うピーコにアデルは首をひねった。


「竜族に並ぶほどの力を持っていたが、今は獣並みの知性に落ちぶれてしまったという魔獣か。確かにバーランド山脈の南側にはそんな魔物がいると言っていたな」


 イルアーナが眉をひそめながら言う。


「そ、そんな恐ろしい魔獣だったのですか!?」


 プニャタは少し後ずさった。


「ちなみに……『竜族に並ぶ』って言うのは、ワイバーンさんとかアースドラゴンさん? まさか竜王と同じくらいってことはないよね?」


 アデルが顔を引きつらせながらピーコに尋ねる。


「まあちょうど間くらいかのう。単純な肉体の強さで言えばイイ線いっておるが、知能の低さは致命的じゃ」


 ピーコがややドヤ顔で答えた。


「そ、そんなのが何匹もいるの?」


「ううん、一匹だけ」


 今度はポチがアデルの問いに答える。


「ベヒモスは肉体的な限界が近づくと子供を産んで種を存続する。普段は雄だけど、その時だけ雌になって妊娠する」


「雌雄同体ってやつか……でも子供が一匹だけってなると大事に育てるはずだよね? いまごろ親のベヒモスが探し回ってるんじゃ……」


 アデルは青ざめた。


「いるならとっくに大変なことになってる。さっきも言ってたけど、親はいないと思っていい」


「へぇ。なんかかわいそう……」


 アデルはベヒモスに同情した。撫でようと手を伸ばすが、ベヒモスはそれを見ると威嚇するように鳴いた。どうやらアデルや竜王達のことは強者と認識しており、警戒しているようだ。


「なるほど。親がいない寂しさで、姿が似ているヤリシシや、ヤリシシの匂いが染みついているオークたちにはよく懐いているのだな」


 エルフのメルディナが納得したようにつぶやく。


「全然似てない」


 しかしポチはボソッと否定の言葉をつぶやいた。


「似ているだろう。少し角が違うくらいだ」


 メルディナがやや心外そうな表情でポチに言う。


「じゃあエルフとダークエルフも肌が少し違うだけだから一緒なの?」


『全然違う!』


 ポチの言葉にメルディナとイルアーナが声を揃えて叫んだ。


「あはは、みんなといると賑やかでいいね!」


 そんな様子を見て地竜王が笑った。


 その時……


「あーす」


 ベヒモスの隣にいたアースドラゴンの子供が、山羊のミルクの入ったさらに首を伸ばした。


「ベヒッ!」


 それに怒ったのか、ベヒモスが勢いよく頭突きを食らわせる。


「あっ!」


 呆気にとられるアデルの目の前で、アースドラゴンは数メートルもの距離を吹き飛んだ。重い音を立て地面に激突したアースドラゴンは、勢いが止まらずさらに数度バウンドしてようやく止まった。


「だ、大丈夫!?」


 アデルは吹き飛ばされたアースドラゴンに駆け寄る。


(頭を振っただけだったのに……!)


 ベヒモスは助走を付けたわけでもなく、その場で頭突きをしただけだ。しかもアースドラゴンの子供はベヒモスの倍くらい大きく、重さに至っては十倍ほど違うかもしれない。


「あーす!」


 しかしアデルの心配をよそにアースドラゴンは自ら立ち上がった。そして尻尾を振りながらもう一度ミルクの入った皿に近づくと、再びベヒモスに吹き飛ばされていた。どうやら吹き飛ばされるのが楽しかったようだ。


「また友達ができたみたいだね」


 そんな様子を地竜王が微笑みながら見ていた。


「いやいや、危ないでしょ!? 小さいうちはいいかもしれませんけど、大きくなって暴れたら手が付けられませんよ!」


 アデルは慌てて叫ぶ。さきほどの頭突きもアースドラゴンだから耐えられただけで、人間が食らえば大けが間違いなしの一撃だった。


「確かにそうだけど……じゃあ、いまのうち駆除しとくの?」


 ポチがアデルを見上げる。


「あ……い、いや、う~ん……」


 アデルは煮え切らない態度で唸る。


「バ、バカを言うな! こんなかわいい子を殺すというのか!」


 そう叫ぶと、イルアーナは守る様にベヒモスを抱き上げた。イルアーナの柔らかなチチモスが気持ちいいのか、ベヒモスは短い尻尾をプルプルと振っている。


「うっ……」


 イルアーナに睨まれ、アデルは口ごもる。


「確かに危険なのはわかる。しかし事故が起きないように管理し、それが無理なようであればその時に考えればいいだろう。それに幼いうちから育てれば、こちらの言うことを聞いてくれるかもしれん」


 アデルを説得するようにイルアーナは早口でまくし立てた。抱かれたベヒモスも小首をかしげ、つぶらな瞳でアデルを見つめる。


「わ、わかりましたよ。でも危険だったら駆除しますよ。いいですね?」


 アデル自身、もちろんベヒモスを殺したいわけではない。殺さないという結論になったことで、アデルも心の中で安堵のため息を漏らしていた。


「もちろんだ」


「ベヒッ」


 イルアーナが嬉しそうに笑うと、知ってか知らずかベヒモスも一声鳴いた。


 そしてベヒモスはとりあえず一番懐いているヤリシシとともに飼われることになったのだった。

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