第339話 マチルダ海戦 2(マチルダ海峡)
ロアルド提督が率いるラングール海軍は、獰猛な狼のように猛スピードでカザラス海軍に接近していた。
輸送船を守るカザラス軍のクローゼ級戦艦から
ラングール艦隊も反撃を試みるが、船体の揺れが大きく一発も命中しない。
「ジラークたちがやたら興奮しているな……」
ロアルドは眉をひそめた。船体の揺れが大きいのは船を牽引するジラークが乱暴に船を引っ張っているせいだ。
実はカザラス軍は前回の戦いで倒したジラークの死体を回収し、その皮の一部をクローゼ級戦艦の船底に付けていた。その匂いで海に住む危険な魔物が船に近づかないようにしているのだ。深度の深い海ではそれだけ巨大で危険な魔物に襲われる危険性がある。いままでカザラス軍が海洋進出できなかったのは、そういった海の魔物から身を守る手段がなかったからだ。ラングール海軍は前回の敗戦で、皮肉にもその手段を与えてしまったのである。
ジラークたちが興奮しているのは、仲間の死体の存在に気づき怒っているのだった。知能が高いジラークは仲間意識も強かった。
「かまわん、このまま突っ込め! 敵はジラークが排除してくれる!」
三隻のラングール海軍はクローゼ級戦艦に接近する。そのクローゼ級戦艦もそうはさせまいとバリスタを連射した。先頭のジラーク級戦艦の上部構造に被害が出たが、ロアルドの指示通り速度を緩めることなくクローゼ級戦艦に突進していく。前後にいるクローゼ級戦艦からも援護射撃が飛ぶが、円形の陣を崩すことなく所定の位置にとどまっていた。
「敵を近づけるな! 漕ぎ手に鞭を打て! 最大船速で敵の進路上から逃げろ!」
クローゼ級戦艦の艦長が必死に叫ぶ。
「ま、間に合いません!」
カザラス兵の悲鳴が響いた。
クローゼ級戦艦はカザラス兵たちの努力もむなしく、凄まじい速度で肉薄していた。
「シャァ~ッ!」
海中から姿を現したジラークが水しぶきを上げながら大口を開けてクローゼ級戦艦に飛び掛かる。バキバキと音を立てて、クローゼ級戦艦の側面が大きく
「うわぁ~っ!」
クローゼ級戦艦はジラークにかじられた衝撃で左舷側に大きく傾いた。開いた穴から海水が流れ込む。ジラークは海中に潜るとクローゼ級戦艦の下を通り抜けて行った。
続いて大きな衝突音が海原に響き渡る。ジラークに牽引されていたジラーク級戦艦がクローゼ級戦艦の側面に突っ込んだのだ。ジラーク級戦艦もクローゼ級戦艦同様に
衝撃でカザラス兵たちが海に投げ出される。
「ぷはっ!」
海中からカザラス兵が顔を出した。その目の前には大量の海水が流れ込み、沈んでいく船の姿があった。
「た、助かった……」
海面を漂いながらカザラス兵が茫然と呟く。敗れはしたが、自身の命は助かった。
そう思った矢先だった。
「シャァ~ッ!」
そこに現れた後続のジラークの口の中にカザラス兵の姿が消える。ジラークは海面に浮かぶ多くのカザラス兵を飲み込みながら、次なる標的である輸送船へと向かった。
「いいぞ! このまま前進し、進路上の輸送船はジラークに任せろ! バリスタは離れたところにいる輸送船を攻撃だ!」
最後部のジラーク級戦艦でロアルドが興奮しながら叫ぶ。本命の輸送艦は先頭のすぐ目の前に迫っていた。
「敵の護衛の『ハリボテ』各艦、我々を包囲するように動いています!」
「馬鹿め、遅いわ。包囲網が完成するころには我々は突破を終えている。近い敵艦にだけ牽制でバリスタを放て! おっと、後方の売女艦隊に信号を送ってやれ。支援は不要、帰還せよ、とな。」
部下の報告にロアルドは余裕の笑みを浮かべた。
そしていよいよ先頭のジラーク級戦艦が輸送船へと肉薄する。輸送船の甲板にいる兵士たちは矢を放ったり槍を投げたりして必死の抵抗を試みるが、ジラークはそれを意に介さず輸送船へと襲い掛かった。
ジラークが大口を開け、輸送船にかぶりつく。木が軋む音が悲鳴のように鳴り響く。だがすぐにそれはメキメキという破壊音に変わった。
先ほどと同様、輸送船の側面はジラークによって食い破られた。破片をまき散った木の破片が海面に降り注ぐ。甲板にいたカザラス兵たちが衝撃で投げ出され、海の中へと落ちて行った。
「よし!」
勝利を確信し、ラングール兵が沸き立つ。
しかし異変が起きたのはそのすぐ後だった。
「ジラァッ!」
ジラークが突如、身をよじりながら口から黒い液体を吐き出した。あっという間に海面が真っ黒に染まる。
「な、なんだ!?」
ロアルドは異変に目を凝らす。黒い液体はジラークの口からだけではなく、輸送船の食い破られた個所からも溢れ出していた。
ジラークに食い破られて開いた穴からは、輸送船の内部が見えている。船内には鎖でつながれた漕ぎ手が何人かいるだけだった。兵士が満載されていると思われていたが、代わりに大量の樽が置かれている。壊れた樽からはドロドロと黒い液体が流れ出していた。
「た、助けてぐれ……」
海に投げ出されたカザラス兵が助けを求めて叫ぶ。しかしその顔にも黒い液体がべったりと付着していた。
「あれは……タールか? 輸送船は兵を積んでいたのではないのか……!?」」
ロアルドが茫然と呟く。タールは木材を熱して得られる黒い液体で、塗料や燃料として用いられるものだ。
「放て!」
そこに接近してきたクローゼ級戦艦から矢が放たれる。それは通常の矢ではなく、火矢であった。火矢がタールに触れると、あっという間にあたりが火に包まれる。
「ぎゃぁ~~~っ!」
海面にいたカザラス兵たちから悲鳴が上がった。火の手はカザラス兵や輸送船、そしてジラークにも及んでいた。
「ジラァ~ッ!」
ジラークが悲鳴を上げて悶える。
「うぉっ! 後退しろ! 火が燃え移るぞ!」
火の手はジラーク級戦艦にも迫っていた。どうにか距離を取ろうとするが、暴れるジラークのせいでうまくいかない。ジラーク自身も船と縄で繋がれているせいで、上手く炎から逃れることができないでいた。
「『ハリボテ』、接近してきます!」
「いかん! 船足が止まっていたら狙い撃ちされるぞ!」
接近するクローゼ級戦艦から次々とバリスタが放たれる。動きの鈍った先頭のジラーク級戦艦に攻撃が集中し、その攻撃はジラークにも命中していた。
「味方を援護しろ!」
ロアルドが艦隊に指示を出しクローゼ級戦艦を攻撃させるが、その甲斐もなく火に包まれていたジラークは多数のバリスタを受けて絶命していた。ジラーク級戦艦自体もすでに半壊するほどのダメージを負っている。
「提督! 敵の包囲網が完成しつつあり、すでに多くの『ハリボテ』の射程圏内です! このままでは……」
ラングール兵が悲痛な叫びをあげる。ロアルドは味方艦の惨状を見つめながら奥歯をかみしめた。
「……やむを得ん。ジラークを失った二番艦は置いていく。敵輸送船を盾にして敵艦の攻撃から逃れつつ、敵陣を突破するぞ。三番艦にもそう伝えよ!」
ロアルドは半壊した味方艦を見捨てる決断をすると、艦隊に前進を命じた。
「くそ、罠だったか……最初から輸送船を餌に、我々を包囲網の中へ誘い込むつもりだったのだな。最初の対応が鈍かったのも、我々を確実に罠に引きずり込むためか……!」
ロアルドは悔しげに呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます