第九章 再生の章
第335話 見舞い(ガルツ要塞)
こうして第六次ガルツ要塞攻防戦は終結した。オークのプニャタの部隊とダークエルフがガルツ要塞周辺のバーランド山脈内を捜索し、山中にいたカザラス兵たちを見つけ出す。まだ抵抗しようとする者もいたが、多くは抵抗することもなく連行された。
そういった兵士も含めカザラス軍の捕虜は最終的に二千五百名を超えた。ちょうど到着したルクス率いる救帝兵団が捕虜たちを武装解除し、動けるものを率いて大量の遺体の処理にあたる。その後、希望者千五百名ほどがダルフェニア軍に編入されることとなった。アーロフのやり方に不満を持っていた者も多く、また「二度とドラゴンと戦いたくない」という者も多かった。残りの捕虜は解放され、負傷者や遺品とともにロスルーへと戻っていった。
「死体回収させろとか言われませんかね?」
帰る捕虜を見送りながらアデルが呟く。
「言われないでしょ」
隣に立つラーゲンハルトが笑う。
「前回も言われなかったし、アーロフは敗戦でそれどころじゃないからね。それにラーベル教会が兵士の死体を利用して兵を作ってる疑惑がある以上、引き渡すのは危険だ」
「そうですね……」
ラーゲンハルトの言葉にアデルは不安げにうなずいた。
「でもラーベル教会が集めてた死体って兵士ばかりじゃないですよね? どうやって保存して、何に使ってるんでしょうか?」
アデルは眉をひそめ、呟いた。
「さあね。兵士ばっかり集めるのは変だから、カモフラージュで他の死体も受け入れて、燃やしたりしてるのかもしれないよ。保存て言っても干し肉みたいにする訳にもいかないだろうし。もし何かスゴイことに使ってるのなら、嫌でも僕らは知ることになるだろうね」
「こ、怖いこと言わないでください!」
ラーゲンハルトの言葉を聞いてアデルは身を震わせるのだった。
戦後の処理を行う傍ら、アデルは負傷兵たちの見舞いも行った。
「ど、どうも」
「おお、アデル様だ!」
病室内に入ってきたアデルを見た負傷兵たちが沸き立つ。小国とはいえ、王自ら負傷兵を見舞うことなどまずない。そのうえアデルは幾多の戦いを勝利に導き、自身も戦争で活躍してきた英雄だ。そんなアデルの姿は負傷兵たちの傷ついた心をいやした。
「命がけで戦ってくださってありがとうございます」
「なんと……もったいないお言葉です!」
頭を下げて礼を言うアデルに負傷兵たちは感涙した。
(うわぁ……)
しかしアデルは一人の負傷兵を見て顔をしかめる。その兵士は顔に敵の攻撃を受け、片方の眼球を喪失していた。ダルフェニア軍ではダークエルフやポチの治癒魔法を受けれるとはいえ、欠損した部位を修復したりはできない。
だが負傷兵の多くはガルツの守備兵だ。彼らはヴィーケン軍時代からここを守ってきた者が多い。ヴィーケン軍では応急処置程度の手当てしか受けることができなかった。それから比べればダルフェニア軍の医療レベルは雲泥の差だ。特にポチの治癒魔法はラーベル教会の回復魔法に匹敵するほどであり、負傷兵たちはポチの姿を見るだけで安心できた。
「皆さんのおかげでカザラス軍を追い返せましたし、旧ヴィーケン王国領も統一できました」
アデルが言うと負傷兵たちがどよめく。カザラス軍と戦っていた彼らが正式にその話を聞くのは初めてだった。噂では広まっていたが、たった数日でカイバリーが落ちたわけがないと懐疑的な意見も根強かったのだ。
「まずはゆっくり傷を癒してください。大けがを負って後遺症などが出る方は国として保証も考えています。充分ではないかもしれませんが……でも今後もみなさんの協力が必要になります。大変な目に遭ったみなさんにこんなことを言うのは心苦しいですが、どうか今後もお力をお貸しください」
アデルはそう言うと深々と頭を下げた。その姿に負傷兵たちは言葉を失う。
「ア、アデル様、バンザーイ!」
一人の負傷兵が叫ぶとその輪が広がり、やがて病室はアデルコールの大合唱となった。
その中をアデルはぎこちない笑顔を浮かべて進む。アデルは負傷兵たち一人ひとりと握手をして回った。
「アデル様!」
そうしていると、負傷兵たちの中から聞き覚えのある声が聞こえた。
「ヒューイさん、大丈夫ですか?」
アデルは声の主に近づく。それはミドルンの守備兵を率いていた若き司令官、ヒューイだった。
「め、面目ありませんっす。夢中で戦ってたら、足を槍で突かれてしまって……」
ヒューイは足に包帯を巻いていた。歩けるようになるまではもう数日安静にしていなければならない。
「う~ん、一生懸命戦ってくださるのは嬉しいんですけど……指揮官がやられると兵への影響が大きいので、もう少し慎重にしていただけると……」
「も、申し訳ありませんっす……」
アデルに言われ、ヒューイは意気消沈した。ヒューイにとって大役を任された初めての戦争。その中で活躍しようという意気込みが裏目に出てしまっていた。
「いえいえ。みんなヒューイさんには期待してるんですよ。あっ、そんなこと言ったら重荷になっちゃうか……ま、まあ頑張り過ぎずに頑張ってくださいね!」
苦笑いを浮かべてアデルは言った。ヒューイは若手の成長株であり、ヴィーケンの平民出身という神竜王国ダルフェニアを象徴するような存在だ。実際の能力以上に、その象徴としての役割は重要である。
神竜王国ダルフェニアは貴族制の廃止を掲げている。しかし実際には経験や能力から元貴族が高い地位を占めている。ヒューイのように平民出身の能力の高い人材を掘り起こすのはアデルたちの課題でもあった。
「は、はいっす! ご期待に沿えるよう、頑張りまっす!」
ヒューイは責任の重さに顔を強張らせながら、しかし憧れのアデルに期待されていることに喜びを感じながら、ぎこちない笑顔をアデルに返すのだった。
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