第334話 バランス(イルスデン ガルツ要塞)
「マクナティア大司教! ロスルーから報告です」
イルスデンのラーベル教会大聖堂。一人の神官が慌てた様子でマクナティアの元にやってきた。神官はマクナティアの前に膝まづき、頭を下げる。
「終わりましたか」
眼鏡をかけたマクナティアが柔和な表情で神官を見つめる。世界一の宗教組織をまとめているとは思えぬほど柔らかい物腰であった。
「尊い犠牲となったアーロフ殿下に哀悼の祈りを捧げましょう」
マクナティアが悲痛な面持ちになり、祈りを捧げようとした。
「い、いえ。それが……計画は失敗とのことです」
「……なんですって?」
神官の言葉を聞いたマクナティアの表情がすっと消えた。
「アーロフ殿下はご存命。ホーリーウルフは失われました」
「失われたとはどういうことですか?」
震える声で言う神官に、マクナティアが冷たい声を投げかける。
「黒い巨大な竜が現れホーリーウルフを倒したとか。そしてホーリーウルフの体は闇で包まれると、跡形もなく消えてしまったそうです」
頭を下げたまま神官が早口で報告する。早く報告を終えて、その場から逃げ出したい。そんな様子だった。
「……わかりました。報告ありがとうございます」
「は、はい!」
神官は深々と頭を下げると、逃げるように去っていった。その背中を見送りながらマクナティアは思考を巡らせた。
「黒い竜……ダルフェニアで確認された竜王の成体でしょうか。厄介ですね……能力もまだ未知数。しばらく様子を見ますか……」
マクナティアはブツブツと呟きながら、その瞳を冷たく光らせた。
一方、デスドラゴンを見送ったアデルたちは損害を確認しつつ、要塞内へ向かって歩きながら話していた。
「このまま消耗戦に持ち込まれるかと思いましたが……アデル様のご活躍で損害は抑えられましたな」
「いやいや、アースドラゴンさんの活躍ですから。お礼ならアースドラゴンさんたちを動かしてくれた地竜王さんに言ってください」
ロニーの言葉にアデルは苦笑いを浮かべる。
「こりゃ! ワイバーンも活躍したじゃろうが!」
それを聞いたピーコが不機嫌になった。
「も、もちろんピーコもありがとね」
アデルは慌ててピーコに礼を言う。
そんな中、地竜王からアデルに意外な申し出があった。
「実はおいら、アデルさんにお願いがあるんだ」
「え?」
アデルはキョトンとする。
「アースドラゴンたちがずっと守ってくれてる物があるんだけどさ」
「あーす!」
地竜王の言葉に、抱かれていた子供のアースドラゴンが得意げに胸を張る。
「あぁ、言っていたな。それでアースドラゴンがあの場所を動けないとか」
イルアーナが呟く。
「そうそう。それをアデル君たちに託したいんだ」
「はぁ……別にいいですけど、何を……」
アデルが特に考えることもなく地竜王の頼みを受け入れようとした。
その時……
「ただいま」
アデルたちの傍らをデスドラゴンが通り過ぎる。
「あっ、デスドラゴンさん……何かあったんですか?」
「別に」
尋ねるアデルにデスドラゴンはそっけない返事を返す。
「あの……お願いがあるんですけど、また転がってる死体を吸収してもらえたり……」
「無理」
デスドラゴンはプイッと顔を背けると、さっさと要塞内に入って行ってしまった。
「う、う~ん……今はきちんと食事をしてるから、お腹いっぱいなんですかね」
アデルが顔を引きつらせて呟く。
「それもあるけど、デスドラゴンは世界のバランスをとる存在でもあるから。人間の死体はこの前いっぱい吸収したから、しばらくはもういらないってことなのかも」
ポチが教えるが、アデルはますます訳が分からなくなった。
「世界のバランス……?」
「増えすぎたものや、あってはならないものを消滅させる」
ポチの説明を聞いたが、アデルの首は傾げられたまま、なかなか元には戻らなかった。
「わからんかのう。この世界には力の源たるエーテルが溢れておる。それゆえ不安定でもあるのじゃ」
話を聞いていたピーコが口を挟む。
「この世界は異世界と干渉したり、予期せぬものが生まれてしまうことが多い。今ではだいぶ安定してきたが、昔はしょっちゅうアンデッドが生まれたりして、デスドラゴンがそれを狩っておった」
「へぇ……」
ピーコの説明を聞き、アデルは感心した。
(異世界と干渉……それで異世界に転生が起こったりするのかな……)
アデルは自身の身に起こったことを何となく納得した。
「デスドラゴンちゃんがそんな使命を負ってたなんて意外だね」
ラーゲンハルトが呟く。ロニーはその横でまったく話しについていけていない様子だった。
「別に好きでやってるだけでしょ」
ポチがそっけなく言う。
「ポチは大雑把じゃからな。どんな変なものが生まれようと受け入れてしまう。逆にデスドラゴンは厳しいのじゃ」
「ふ~ん、なんか意外だね。普段の様子を見てるとデスドラゴンちゃんの方が好き勝手やってるイメージだけど」
ピーコの言葉にラーゲンハルトが反応する。アデルも心の中で激しく同意した。
「弱肉強食で勝手に滅ぶんだからいいじゃん」
大雑把と言われたのが心外なのか、ポチが唇をとがらせた。
「しかしポチは人間に好意的だ。その理屈だと人間は滅ぶべきなのではないか?」
気になったイルアーナがポチに尋ねる。
「別に個の強さや肉体的な強さだけを言ってるわけじゃない。実際、人間がこれだけ繁栄してるってことは弱くないでしょ」
「なるほどな。しかし今のように竜族が恣意的に人間に力を貸すのは問題ないのか?」
「別にいいでしょ。強い者が何をしようが強い者の勝手。文句があるなら強くなればいい」
「最強の存在らしい考え方だな。賛同はできぬが、理屈はわかった」
ポチの話にイルアーナは納得して引き下がった。
「面白いね。ポチちゃんの考え方はアデル君と真逆っぽいけど、こうして協力してくれてるんだ」
ラーゲンハルトが笑う。
「え? そうなんですか?」
いまいち話が理解できていなかったアデルは驚いて尋ねた。
「そうでしょ。ポチちゃんの考えなら、カザラス帝国だろうがダルフェニアだろうが、とにかく強い方が勝てばいいと思ってるんだよね?」
「興味ない。私はアデルが面白いから一緒にいるだけ」
「ええっ、そうなの!?」
あっさり答えるポチにアデルは再び驚いたのだった。
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