第20話

吾輩の体がぶつかった水晶は台座から落ちて、床にぶつかり粉々に割れた。


「バカな!!魔水晶が!!」

「隙だらけだ!」


男は落下した水晶に意識を向けた結果、ランドから目をそらしてしまう。

その瞬間、ランドが男の杖を大剣で真っ二つに切る。


「しまった!わ、吾輩の杖が!」

「これで終わりだ!」


ランドはもう一度、大剣を振りかぶり、男の左腕を切り落とす。


「ぎゃあー!吾輩の腕が!」


左腕を斬られた男は床にのたうち回る。


「こいつで黙ってな!」


床でもがいていた男の腹をランドは思いっきり殴りつける。

男はその痛みと衝撃で気を失って、そのまま床の上に倒れた。



「いやー、さすがクロマル。オレのやりたいことがよくわかったな」


吾輩は胸を張り、ニャーと返事をする。

まあ、あんなに分かりやすい演技であれば、当然であるな!


「本当に助かったぜ。危うく狼に食い殺されるとこだった」


まあ、ランドもかなり強かったのである。

その大剣は伊達ではなかったな。



「さてと、こいつをどうするかな?」


ランドは男も見てそうつぶやく。

『学院』から水晶を盗んだ泥棒である。

この世界には指名手配や賞金首などのルールはないのであろうか?


「まあ、とりあえず冒険者ギルドに連れていくか」


そう言って、ランドは切り落とされた男の左腕を拾う。

そして、その指から指輪を引き抜くと、自分の懐にしまう。


ランド、今こっそりと指輪をくすねたのである!

吾輩はランドをじっと見つめる。


「ん?ああ、せっかく苦労したんだ。ご褒美をもらってもいいだろう?」


ランドは悪びれることもなくそう言った。


……確かにそうであるな!

そもそも吾輩は財宝を探しに来たのであった。


吾輩も価値があるものがないか探すと、近くに割れた水晶のかけらがあった。

これもなかなか価値が高そうである。

そう思い、吾輩は水晶のかけらを口にくわえ、ランドのところに持っていく。


「おっ、確かにそれも高く売れるかもな!」


ランドはにやりと笑う。

吾輩もつられてにやりと笑う。


そうして吾輩とランドは倉庫から金になりそうなものをカバンには詰め込んだ。

そして、気絶した男とともに冒険者ギルドに向かった。




冒険者ギルドに着いた吾輩たちは事の顛末を先日の受付嬢に伝えた。

すると、受付嬢は血相を変え、すぐにギルドマスターと連絡を取った。

そして、その者が来るまで、吾輩たちはギルドの応接室でくつろいでいた。


なかなかこのイスはいいであるな。ふかふかである。

吾輩はイスで飛び跳ねて遊び、ランドは出された茶をのんびりと飲んでいた。

すると、部屋にハゲたおっさんが入ってきた。


「よう、ランド!お手柄だったな」

「おう。そう思うんだったら、報酬は弾んでくれよな。ダニエル!」

「はっはっはっ、今回に関してはたっぷり弾んでやるさ!」


どうやらこのおっさんがギルドマスターであるようだな。

どうやら名前はダニエルらしい。吾輩は面倒なので覚えないが。

気のよさそうなおっさんだが、確かにガタイはいいであるな。


「まじかよ!冗談で言ってみただけなんだが……」

「あやつは『学院』から依頼も出ていたなかなかの悪党だったらしい」

「あぁ、『悪魔召喚』を企んでいたみたいだからな」

「『悪魔召喚』だと!あんな男にできるわけが……」

「腕は大したことがなかったが、持っている道具がやばかったな」


その言葉を聞き、ギルドマスターが思い出したように言う。


「そうだった、ランド。指輪2つと魔水晶を出せ」

「しまった!口を滑らせたぜ。だが、タダでは渡せないぜ」

「わかっておる。報酬はきちんと上乗せしよう」

「まあ、ならいいか。ちょっと待ってな」


ランドは懐から指輪2個とカバンから魔水晶のかけらを出す。


「これだよ。水晶の方は割れてるけどな」

「まぁ、しょうがない。水晶と指輪は『学院』から盗まれたものらしい」

「指輪もか!見た目のわりになかなかの大泥棒だな」


ギルドマスターはそれらを受け取ると、少し考え込む。

……どうしたのであろうか?


「なあ、ランド。戦ったお前から見てあの男は強かったか?」

「いや。水晶が厄介だったが、さっきも言った通り、やつ自体はそうではない」

「だとすると、やはりおかしいな?」

「何がおかしいんだ?」


ギルドマスターには何かが引っかかっているのでようであるな。

なにか不思議なことがあったであろうか?


「あの程度の男があの『学院』から魔水晶や指輪を盗めるはずがない」

「なるほどな。やつには仲間がいるってことか?」

「その可能性が高い」

「まぁ、そこらへんはあんたに任せるぜ」

「あぁ、必ず口を割らせてみせよう」


なるほど。

大切な魔法具あれば、当然大切に保管されているはずであるからな。

あの程度の小物っぽい奴にやすやすと盗まれるのは違和感があるな。




話し合いが終わり、ひと段落したところでさっきの受付の女性が入ってくる。

手元には小さな袋が1つあった。


「ギルドマスター、報酬を持ってきました」

「おお、ありがとう」


そう言って、ギルドマスターは袋を受け取る。

なんか袋が小さいのではないか?

ティムの時の報酬の方が袋が大きかった気がするのだが?


「あぁ?なんだそれっぽっちか?報酬を弾むって言わなかったか?」

「まぁまぁ、中を見てみてくれ」


ギルドマスターはその袋をランドに手渡す。

ランドはその袋の中身を確認する。

吾輩も中身を一緒に確認する。

中には、いつもの銀色とは違う金色に光った大きな硬貨が入っていた。


「こりゃ、大金貨じゃないか!こんなにもらえるのか!」

「『学院』は奴をとらえるのに苦労していたようだ」

「あんなやつに?」

「奴は『探知』で自分が不利だと気付くと、『転移』ですぐに逃げていたようだ」


まあ、あの男はそういう姑息なタイプだろう。

それよりこのキラキラしてる大金貨、吾輩も一枚ほしいのである!

そう思い、吾輩は袋に手を伸ばすが、ランドにつかまれ、持ち上げられる。


「今回はお前一人だけだったから、油断したようだな」

「まあ、一人だけだった危なかったぜ。なあ、クロマル」


そう言って、ランドは持ち上げていた吾輩に声をかける。

そう思うんだったら、その大金貨を1枚よこすのである!


「おぉ、この子が今回の立役者か」

「クロマルって言うんだ。何の魔物かはよくわからん」


ギルドマスターが吾輩を見つめる。

特に理由もないが、吾輩も見つめ返す。

まあ、こんなおっさんを見つめても面白くもなんともないが。


「うーん、オレもこんな魔物見たことがないな」

「あんたでもそうなのか?」

「あぁ、それに魔力が全くないんだろう?」

「そうらしい」

「じゃあ、そもそもなんで生きてんだ。魔力がなくなったら死ぬだろう?」

「オレにわかるわけないだろう。『学院』の連中ならわかるかもな」


むしろ吾輩は魔力がないとなんで死ぬのかを知りたいのである。

前の世界に魔力がある奴なんていなかったのである、多分。


「まあ、でもこれだけあればすぐにでもリンを『学院』に入れられるぜ」

「『学院』に?紹介状はあるのか?」

「あぁ、とある伝手でな」

「ほう、よかったな。なかなか手に入るもんじゃないぞ。すぐに出発するのか?」

「正直、どうしようか迷っているんだよな」


ランドは頭の後ろに手を組んで、そうつぶやく。

吾輩は2~3年も待てないのである。早く出発するのだ!


「まあ、せっかくなら早めに出発するのがおすすめだぞ」

「なんでだ?」

「魔獣の大量発生のせいで、この辺の盗賊などがいなくなっているからな」

「あぁ、なるほどな」

「そしてその魔獣たちはオレたちが片づけた。だから、今は安全だ」

「そういや、魔獣は大丈夫だったのか?」

「ものすごい数だった。オレを含めて冒険者が総出で討伐をしたぜ」


あの男の作戦通りだったのだな。危なかったのである。


「なら、安心だな。それじゃあ、2日後ぐらいに出発するとするよ」

「『学院』には家族3人で行くんだろ?馬車を手配しておいてやる」

「本当か?助かるぜ。入学までは3人で行くつもりだ」

「気にするな。町の英雄様の為ならこんなこと大したことないぜ」

「はっはっはっ!それじゃあ、よろしく頼む」


そう言って、ランドは報酬を受け取り、家へと帰宅した。

そして、ランドは家に着くと今日あったことをリンと奥方に説明しらしい。

吾輩がなかなか帰ってこないので、不安になっていたらしい。


と言っても吾輩はよく知らない。

なぜなら、吾輩は帰りのカバンの中で熟睡していたからある。

今日はいろいろあって、疲れたのである。

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黒猫クロマルの異世界さんぽ さちかわ @sachikawa

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