第19話

ランドが男の持っている杖を指さす。


「お前が言葉を発するたびに、お前の杖が反応している」


確かにそうである。奴が言葉を発するたびに、杖が反応しているのである。

それが何が関係するのであろうか?


「つまり、その杖に刻まれている魔法陣が発動しているということだ」

「うるさい!黙れ!」

「と言うことは、お前はその杖に刻まれている魔法を使っているだけだ」

「炎よ!」


なるほど!つまり、やつはあの杖の魔法具を使っているだけなのであるな!

つまり、それ以外の魔法は使えないということであるな。


男が杖を構え、呪文を唱える。

ランドの言葉通り、杖が反応し、ランドに向かって炎の矢が飛ぶ。

しかし、ランドも再びその炎を大剣で切り落とす。


「『障壁』と『炎の矢』の魔法陣か。その程度の杖だと2種類が限界かな?」

「貴様!いったい何者だ!」

「オレはランド。この町のBランクの冒険者だよ」

「バカな!冒険者風情がこれほど魔法に詳しいはずが……」

「ちょいと事情があってな。魔法についてはいろいろ勉強したんだよ」


おそらくリンの為であろう。

学院に入学する準備もだいぶ前からしていたようであるからな。

剣の技術もあり、魔法の知識もある。

さすが町でも有数な冒険者であるな。


「お前に勝ち目はない。おとなしく投降するなら、命は助けてやる」

「な、なめるな!」


男はそう言って、魔法陣の上にあった台座に近づく。


「わたしの本当の力を見せてやる!」


そう言って、男は台座の上の水晶に手を置く。


「何をする気だ?」

「出でよ、グラスウルフ!」


男が呪文を唱えると水晶が輝き、そして足元の魔法陣が強く光を放つ。

そしてその光が収まるとともに、1匹の狼の魔物が現れた。

森にいた『犬』と似ているが、毛の色などが違っていた。


「ばかな!召喚魔法だと!」

「ふはははは!これが私の力だよ、冒険者どの」

「その水晶は一体なんだ!」

「所詮は冒険者だな。これは『魔水晶』と呼ばれ、魔力を増幅することができる」

「なんで貴様がそんなものを持っている」

「『学院』から拝借したのだよ、私の目的のためにね」


こいつ、盗人であったか。

しかしこれではランドもまずいのではないか?


「ウルフよ、やつをかみちぎれ!」


男の指示に従い、狼はランドにかみつこうとする。

ランドはそれを大剣で受け止める。


「このオレが、ウルフ1匹にやられるかよ!」


ランドは大剣で狼を吹き飛ばすと、そのまま狼に突っ込み、首を切り落とす。


「この程度なら大したことはないな」

「さすがはBランクですね。ではこれではどうでしょうか?」


男は再び水晶に手をのせると、呪文を唱えた。

すると再び水晶が輝き、今度は狼が3体現れる。


「まじかよ。それはさすがにきついぜ……」

「素晴らしい水晶でしょう!これなら何匹でも召喚できるのですよ」


何匹でもできるだと!いくらランドが強くても体力には限界がある!


「さらに私はこんなこともできるのですよ」


男は狼に触れて、呪文を唱える。


「転移!」


男の人差し指にはまっていた指輪が光ると、狼の姿が消え去った。

その光景を見て、ランドははっと気づく。


「まさか、てめえが町の周辺の魔物を増やしていたのか!」

「そうだと言ったら?」

「いったい何のためにこんなことを!」


ランドの言葉に男はにやりと笑う。


「まあ、特別に教えてあげましょう。『悪魔召喚』の為ですよ」

「『悪魔召喚』だと!」

「えぇ、そのためにこの町の方々には生贄になってもらうのですよ」

「なんだと!」


「まず、町の外に魔物を召喚する。すると町の冒険者は討伐に外に出る。それを繰り返すことによって、町にいる冒険者を少なくする。そして、頃合いを見計らって、町の中に魔物を召喚し、町の人間を皆殺しにし、生贄に捧げる。どうですか、この私の完璧な計画は!」


こやつ、タダの盗人ではなかったのであるな!

相当の悪党である!


「まさかそんな前から準備していていたとは」

「そして、計画の実行は今日の予定だったんですがね。こんなことになるとは」

「今日だって!」

「えぇ、あと数時間もすれば、あなたも含めてBランク以上の冒険者全員が魔物討伐に行く予定だったんですがね」

「なぜ貴様にそんなことがわかる!」

「簡単ですよ。さきほど私が大量の魔物を町の外に転移したからです」

「なんだと!」

「今頃、冒険者ギルドは大騒ぎじゃないですか?」


これは本格的にまずいのである。なんとかせねば!

ランドの言葉から考えるに、男自体はそこまで強くはない。


問題はあの魔水晶である。

あれがある限り、無限にあの狼が召喚できるようである。

であれば、やつはランドの攻撃をあの障壁とやらでひたすら防ぐ。

そして、狼がランドにかみつくまで、ひたすら召喚すればいいだけである。

ランドにはっきり言って勝ち目はない。



そこからランドと男の戦いが始まる。

ランドは男に切りかかるも、男はそれを魔法で防ぐ。

そして、狼を召喚し、ランドに襲うように指示する。

ランドは召喚された狼を斬り殺す。


目の前でその光景が何度も繰り返されたが、少しずつ変化しているものがあった。

ランドの疲労である。


明らかにランドの心と体が疲れているのである。

終わることのない魔物狩りを続けているようなものであるからな。


「さすがですね。まだ倒れないとは、正直驚きましたよ」

「はっ、まだまだ楽勝だぜ」


しかし、そう言ったランドの目は確実に限界を表していた。

吾輩はランドがぼろぼろになっていくのを見ているしかなかった。


しかし、吾輩にできることなど……

そのとき、ランドの目と吾輩の目があった。

ランドは戦いに精一杯で、吾輩のことを失念していたようであった。

ランドの表情が驚きに変わる。


「ん?どうかしましたか?」


ランドの様子の変化に男が気付く。

まずい!吾輩のことがばれたのであるか!



男はランドをじっと見つめると、何かを理解したようににやりと笑った。


「なるほど。Bランクとなれば、そういった小賢しいこともするのですね」

「何のことだ?」


ランドは男の言った言葉が理解できなかった。


「とぼけなくていいですよ。私の後ろに味方がいるように演じているのでしょう」

「あぁ?何のことだ?」

「残念ながら、その小細工は私には効かないんですよ」


そういうと男は、水晶に手を置いたまま、呪文を唱える。


「探知!」


男がそう言うと、水晶が輝き、中指にはまっていた指輪が反応する。

そして、指輪を中心に光の輪のようなものが広がっていく。


「今の魔法は探知の魔法と言って、周囲が人間がいるかどうかがわかるのです」

「なんだと!」


吾輩はまずいと感じ、とっさに荷物の奥の方に隠れる。

そして、吾輩は次の男の言葉に驚愕する。


「つまりこの魔法は魔力を持つものを必ず探知できるのですよ!」


……魔力がある限り?

男は自分に酔っているかのように言葉を続ける。


「ですので、この場にはあなたしかいないことがわかるんですよ!残念ですね!!」


と言うことは吾輩は?

ランドは一瞬呆けた顔をした後、にやりとして言った。


「ちくしょう!!やっぱりこんな小細工は効かないか!!」

「わたしの気をそらして、水晶を破壊する気だったのでしょう、無駄でしたね」



そして、ランドは続けて大きな声で言う。


「ここに仲間がいてその水晶をぶっ壊してくれたら、お前なんぞ一撃なのに!!」


……なるほど、そういうことであるな。

吾輩はその明らかに不自然なランドの言葉を正しく理解した。

そして吾輩は荷物の陰から、ゆっくりと男の背後に回る。


「こうなったら、仕方がない。オレ様の必殺技で決着をつけてやる」

「必殺技?冒険者のくせにそんな大げさなものがあるのですか?」

「これをお前の障壁が防ぎぎったら、お前の勝ちだ」

「いいでしょう。もっとも、ただの大剣では魔法の障壁は壊せませんがね」

「やってみなきゃわからないぞ」


ランドはそう言って、いつもよりも大げさに大剣を構える。

そのランドの様子を見て、男は水晶から手を放し、杖を両手で構える。


「行くぞ!」


ランドが大げさな足音を立てながら、男に向かっていく。

男はランドを迎え撃つため、両手で杖を強く握り、呪文を唱える準備をする。

そして吾輩は、その男の後ろから水晶に向かって走っていく!


「必殺!!……クロマル、今だ!!!」

「障壁!!…………えっ?」


ランドの大剣と男の障壁が激しくぶつかるとともに、

吾輩の飛びあがった身体と台座に置いてあった水晶も激しくぶつかった。

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