第12話
「リンはな、昔から体が弱くて外になかなか出られないんだ」
体が弱いとは聞いていたが、昔からなのか。大変であるな。
「だから、他の子どもと出会う機会が少なく、友達がほとんどいないんだよ」
まぁ、子どもは外で遊びまわるものだからな。
インターネットとやらがあれば、家でも友達が作れるかもしれぬが。
「リンはいい子だから、オレたちの前ではそんなそぶりは見せねぇ。でも、きっと寂しい思いをしていると思うんだ」
そこまで言うと、ランドは吾輩をカバンから出し目の前に持ってくる。
「だから、しばらくの間でいい。リンと友達になってくれ!」
ランドが真剣な表情で吾輩にお願いする。
吾輩は、拒否の意味するニャーを発した。
なぜ吾輩が拒否をするのか?
それはそもそも友達になることを親が頼んでくるのが気にいらないからである。
友達とはだれかに頼まれてなるものではない。
一緒に遊んだり、本を読んだりして、その過程でだんだんと友達になるものである。
かつて吾輩も公園にいた子どもたちとはそうやって友達になった。
ランドは親バカすぎて、それがわかっておらんのだ!
だからこそ、吾輩はそのお願いは拒否させてもらう!
しかし、その吾輩の拒否のニャーを聞いたランドは、嬉しそうな顔をしていた。
「そうかそうか!友達になってくれるか!ありがとうなクロマル!」
吾輩のニャーはランドには全然伝わっていなかった。
「よし、それじゃあ紹介するまではカバンに入っていてくれ」
ランドは吾輩を再びカバンにしまう。
まぁ、言葉が通じないのは仕方がない。
だが、友達になるかは吾輩が決めさせていただこうではないか。
ランドはカバンの中に入っている吾輩とともに家の中に入っていく。
「おう、今帰ったぞ」
「あなた、おかえりなさい」
家の中にいた一人の女性がランドを出迎える。
おそらく妻であるアニスであろう。
ランドの話のとおり、なかなか美人である。
「特に変わったことはなかったか?」
「大きなことはとくには何も。護衛の依頼は無事に終わりましたか?」
「あぁ、無事に回復草も届いたよ。これでポーション不足も多少良くなるだろう」
ポーション不足?ポーションが足りていないのであるか。
「それにしても、なんで急に魔物が増えたのかしら?」
「わからん。だが、怪我人が増え、ポーションが足りなくなったのはきついな」
ランドは背中の剣を外し、部屋の隅に置く。
「リンの分は確保できそうかしら?」
ランドはつけていた鎧などもすべて外し、イスに掛ける。
「ティムも村では回復草を中心に交易をしていたから、しばらくは大丈夫だろう」
ランドは吾輩が入ったカバンをテーブルに置く。
「それよりアニス、ちょっとこっちに座ってくれ」
ランドはアニスに向かいのイスに座るように促す。
「いいけど、どうしたの?」
「紹介したいやつがいるんだ。出てきてくれ」
ランドは吾輩が入っているカバンに声をかける。
吾輩はその声に応じて、カバンから出る。
「あら、かわいい!この子は?」
はじめまして、奥方。
そういう意味を込めて、あいさつのニャーをする。
「しばらく預かることになった。名前はクロマルだ」
「クロマルちゃんって言うのね。なんの魔物なの?」
すんなりと吾輩を受け入れておるな。
魔物をペットのようにするのはそんなに珍しくないのだろうか?
それともこの奥方の性格であろうか?
「何の魔物かわからない。ただ、どうやら言葉を理解できるようだ」
「本当?すごい賢いのね」
奥方はわかっておるな。そう吾輩は天才なのである!
「それに魔力を持っていないので、危険性もほとんどない」
ランドはそう言って吾輩の頭をなでる。
それにつられて奥方もおそるおそる吾輩をなでる。
「あら、ふさふさで気持ちいいわ。それにとってもおとなしいわね」
吾輩はなでられながら考える。
ランドの娘と友達になるかどうかは別として、ここを吾輩の宿にするのは悪くない。
この感じであれば、吾輩のご飯や寝床も準備してくれるだろう。
しばらく滞在するのであれば、奥方の機嫌をとっておいて損はないであろう。
「じゃあ、オレは汚れを落とすために水を浴びてくる」
ランドが吾輩をなでるのをやめ、イスから立ち上がる。
「その間にこいつの分も含めてメシを準備しておいてくれないか」
おぉ、予想通りであるな。なにが食えるか楽しみである。
吾輩はランドが水浴びに行くのを見送る。
「おい、何してんだ。お前も行くんだぞ、クロマル」
吾輩は水浴びと聞いて、すぐさま逃げ出そうとする。
しかし、ランドに回り込まれてつかまってしまう。
「なんだぁ、クロマル。お前もしかして水浴び嫌いなのか?」
吾輩は水浴びは好きではないのである。
吾輩のモフモフな毛がピタッとなって気持ち悪いのである。
森から逃げ出したときのように泥まみれであれば、水浴びもよい。
しかし、今の吾輩は十分にきれいなのである!
「よし!じゃあ、オレが洗ってやるよ」
何が「よし!」なのであるか!全然よくないである!
なんとか逃げようとするも、ランドの力は思いのほか強く逃げ出せなかった。
吾輩はレベッカにもらった首輪を外され、家の裏に連れていかれた。
そして、水が入ったおけのようなもの入れられ、ランドに洗われた。
ランドの水浴びについては誰も興味がないと思うので、特に語らないのである。
「ふぅ、さっぱりしたぜ。なぁ、クロマル」
全然である。むしろ毛が体に張り付いて気持ち悪いのである。
吾輩は体を振って、なんとか乾かそうとする。
「あらあら、あなた。ちゃんとクロマルちゃんを拭いてあげなきゃ」
そう言って奥方が吾輩をタオルで拭いてくれる。
奥方は気が利くであるな。ランドと大違いである。
「まだ飯ができるまで時間がありそうだな」
ランドがアニスの料理している様子を見て、そうつぶやく。
「よし、じゃあその間にクロマルをリンに紹介するか」
そう言ってランドは吾輩を抱えて2階への階段を上っていく。
いよいよであるか。少し緊張してくるのである。
ランドは2階に上がり、ある部屋の前に立ち止まる。
「リン、入るぞ。いいか?」
ランドは部屋をノックして尋ねる。
「お父さん!帰ってきてたの。入っていいよ」
少女の声が返ってくる。おそらくこの声の主がリンであろう。
ランドが吾輩を片手で抱え、もう一方の手で扉を開けて部屋に入る。
その部屋の中は一人の少女がいた。
黒い長い髪をしていて、歳はレベッカより3~4歳年上であろう。
将来美人になりそうな顔立ちをしている。
その少女がベットの上で上半身を起こし、こちらを見ていた。
「お父さん!おかえり……なさい?」
「おう、ただいま。リン、体調は大丈夫か?」
「うん……。元気だったけど……?」
「なんでそんなに歯切れが悪いんだ?何かあったのか」
「ううん、そうじゃなくて、その子は……?」
部屋に入ってすぐ、吾輩とリンは視線がばっちり合っていた。
どうやら父親のランドのことより吾輩のことの方が気になったようである。
「あぁ、こいつか。こいつはクロマルって言うんだ」
ランドは吾輩をリンのベッドに置く。
「クロマルは賢くて、言葉が理解できる魔物でな。どうやら友達が欲しいみたいなんだ。だから、リンにクロマルの友達になってほしくて連れてきたんだよ」
……話が違うのである。
さっきは「吾輩」が「リン」の友達になってほしいではなかったか?
こやつ、娘の前だからって調子のいいことを言っているな。
まあいい、吾輩も空気が読める猫である。
とりあえずはその流れに乗ってやろうではないか。
吾輩はリンのベッドの上にちょこんと座り、あいさつのニャーをする。
しかし、返事は返ってこない。
リンは吾輩を無言でじっと眺めていた。
な、なんであろうか?何か失敗したであろうか?
いや、そんなことはない!今のニャーはとてもよかったのである。
沈黙に耐え切れなくなった吾輩は、もう一度あいさつのニャーをしようとする。
吾輩が声を発しようとしたその瞬間、
リンが襲いかかってきたのである!
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