第10話

レベッカは赤い首輪をつけた吾輩を頭の上に乗せてご機嫌である。

よくわからない歌まで口ずさんでいる。

だが、吾輩はかなり困っていた。

うーむ、これは村から離れずらくなってしまった。

プレゼントまでもらっておきながら、村から出ていくのは恩知らずではないか?

しかし、行商人は日が暮れるころにはもう出発してしまう。

吾輩は今後どうするべきなのか考え込んでしまった。


だから吾輩は気づくことができなかった。

家に近づくにつれて、レベッカの笑顔がなくなっていたことに。



レベッカと吾輩は家についた後、そのままレベッカの寝床に行った。

レベッカは吾輩を抱きしめたまま、寝床に座る。

そして、そのまま何も言わずにしばらくの間、吾輩に顔をうずめていた。

行商人が出発する時間が近づいてくる。



レベッカ?

吾輩はようやくレベッカの様子がおかしいことに気づく。

吾輩はレベッカの様子を確認するため、ニャーと声をかける。

しばらくレベッカは黙っていたが、おもむろに口を開く。



「クロマルはここを出て行っちゃうんでしょ」


吾輩はレベッカの言葉に驚く。

なぜレベッカが知っているのである!もしや、ダニエルのやつ!


「やっぱり、そうなんだね」


レベッカは吾輩の反応を見て確信してしまう。


「私ね、今日、夢を見たの。クロマルが村から出て行ったしまう夢だった」


夢で見た?吾輩は首をかしげる。


「森から逃げた後もそうだった。クロマルが小川のところにくる夢を見たの」


あの「犬」に襲われたときのことであるな。


「私、絶対にクロマルに会いたかったから夢を信じた。そしたら本当に会えた」


あんなところにいたのは理由があったのか。


「だから、今日の夢もほんとなのかなって。やっぱりほんとだったんだ」


ここまで来たら、もうごまかすわけにはいかない。



吾輩はレベッカの正面に座る。


「クロマルはもう村を出ていくことを決めてるんだよね」


吾輩ははっきりとうなずく。


「やっぱりそうなんだね。クロマルはいろんなところをおさんぽしたいんだよね」


レベッカにはそんなことまでわかるのか!


「だって、私の家に来たときも、朝からずっとおさんぽしてたもんね」


いや、あれは食べ物と情報を探していただけなのだが……


「だったら、わたしはクロマルが好きなことをやるなって言いたくないの」


レベッカは吾輩の頭をなでる。

レベッカの頬には涙が流れていた。




そしてレベッカは涙をぬぐい、無理やり笑顔を作って言った。


「でもその代わり、おさんぽが終わったら私の家に帰ってきてね」


吾輩はその言葉に強くうなづく。


「約束だよ。この首輪はその約束のしるしだよ。絶対になくさないでね!」


吾輩は再び強くうなづく。



「別れのあいさつは済んだか。そろそろ時間だぞ」

「おにいちゃん!」


いつの間にか部屋の近くに立っていたダニエルが声をかけてくる。

気づかぬうちにだいぶ時間が経っていたようだ。

吾輩はレベッカのもとを離れ、家の入り口に向かう。



「クロマル!」


レベッカが吾輩に声をかける。


「行ってらっしゃい!」


そう言ったレベッカに吾輩はニャーとひと声返す。

そして、吾輩はティムのいる村の広場に走っていく。



吾輩が村の広場に着いたときには、出発する寸前だった。

長老とティムが最後のあいさつを交わしているようだった。

ランドはすでに馬らしきものに乗って待機していた。


「今回もいい取引ができました。ありがとうございました」

「ふぉふぉふぉ、感謝するのはこちらの方ですぞ、ティム殿」


長老が走ってくる吾輩に気づく。


「それにしても、雨などが降らずによかったですなぁ」


長老が空を見上げて言った。


「そうですね。視界が悪いと魔物などに気づきにくくなりますからね」


つられてティムも空を見上げる。

その瞬間、吾輩は荷物が載せてある荷台に乗り込んだ。


吾輩が乗り込むのを目の端で確認した長老がティムと最後のあいさつを交わす。

吾輩は荷台にある荷物に隠れながら思い返していた。



この村はなんだかんだとてもいい村であった。

吾輩の幸運は異世界の最初がここであったことであろうな。

ここからいろいろな世界を回って、そしていつかここに帰ってこよう。

今日が吾輩、天才猫クロマルの異世界さんぽのスタートである!!





「クロマル、行っちまったけど本当に良かったのか?」


おにいちゃんが泣いていた私に話しかける。


「うん、大丈夫なの」

「でも、もしかしたらもう会えないかもしれないんだぞ」


わたしは涙をぬぐって答える。


「わたしね、クロマルには言わなかったけど、もう1つ夢を見たの」

「夢?どんな夢なんだ?」


「大きくなったわたしとクロマルが一緒におさんぽしている夢!!」

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