第9話

行商人のティムの周りにはたくさんの人が集まっていた。

各々、自分のものをティムと交渉をしながら交換している。

レベッカはそわそわとしながら順番を待っていた。

吾輩はのんびりとレベッカの頭の上で順番を待っていた。


レベッカの頭上からティムが持ってきたものを眺める。

食べ物関係と雑貨関係が多い気がするな……

食べ物が男向け、雑貨が女向けといったところであろうな。


そんな予想をしながら、吾輩がなんとなしに見ているとふと視線を感じた。

視線を感じたほうを見ると、そこには冒険者のランドがいた。

ランドはじっと吾輩を見つめているので、吾輩も負けじと見つめる。

何を考えているのか読めんな。悪意や敵意は感じぬが……

吾輩が威嚇のためのニャーを出そうとした瞬間、吾輩を呼ぶ声が聞こえた。


「クロマル、どうしたの?私の番が来たよ!」


どうやらレベッカの番が回ってきたようだった。


「ティムさん、こんにちは!」

「次はレベッカちゃんですね。こんにちは」


レベッカとティムがあいさつを交わす。


「ティムさん!この子が身につけられるカワイイものは何かありますか?」

「これは……魔物の子どもですか?」


吾輩は魔物ではなく猫である。


「わかんない!クロマルっていうの」


ここで吾輩は以前から思っていたあることが確信に変わりつつあった。

それはこの世界には「猫」は存在しないということである。

この村が田舎でたまたま知らないという可能性があった。

だが、町に住むティムまで知らないとなるとその可能性の方が高くなる。


「こんな魔物、オレは見たことないぞ」


ティムの後ろにいた冒険者のランドが会話に入ってきた。


「ランドさんが知らない魔物ですか。危険はないのですか?」

「クロマルはいい子だから大丈夫!」


レベッカが答えになっていない返事をする。


「大丈夫だよ。こいつそもそも魔物じゃないしな」


後ろにいたダニエルも会話に入ってくる。



ダニエルが吾輩が魔力を持っていないことなどをティムとランドに説明する。

その間、吾輩とレベッカはティムが持ってきたものを見ていた。


「それはずいぶんと珍しいですね」


ティムが感心したように吾輩をちらりと見る。


「確かに危険性はなさそうだな。小さくて弱そうだしな」


吾輩はランドの発言に若干イラっとするが、我慢をする。

ティムとランドに吾輩が危険であると思われると面倒であるからな。



[ティムさん、これなぁに?」


レベッカが赤い首輪のようなものを見つけ、ティムに見せる。


「あぁ、それは『火の腕輪』と呼ばれる魔法具ですね」


ティムはレベッカが手に持っているものを見てそう答えた。


「それを腕や足に付けると、小さいですが火の魔法を出すことができますよ」


魔法具だと!この世界にはそんなものがあるのか!

もしかしたら、それを身に付ければ吾輩も魔法を使えるのではないか?


吾輩とレベッカがじーとその魔法具を見つめる。


「つけてみてもいい?」

「別に構いませんよ。火を出すときは少し離れて、地面に出してくださいね」


おぉ、お試ししてもいいのか。なかなか太っ腹であるな。


「わかった!どうやって使うの?」

「腕輪に魔力を通せばいいだけですよ。簡単な代わりに威力は低いです。」


「わかった!やってみる!」


レベッカは吾輩を地面に置き、少し離れた場所に行く。




レベッカは目をつぶり、意識を集中する。

そして呼吸を整えた後、目を開き、地面に向かって呪文らしきものを唱える。


「火よ、出ろ!」


すると、レベッカの手から炎が飛び出す!

豆粒と同じぐらいの火が。


「火打ち石などがなくても火が起こせる魔法具です。便利でしょう」


……これが魔法であるか。

正直に言うと、吾輩はがっかりしていた。

あの「犬」の魔物を一撃で倒せるようなものを期待していたのだが。


「もちろん、強力な魔法を放つことができる魔法具も存在しますよ」


ティムが腕輪について説明を補足する。


「ただ、当然価値が全く違います。行商には持ってきませんよ」


まあ、それもそうであるな。

田舎の村の人間がそんなものを買う金など持っているわけがないからな。

吾輩は納得し、そして別のことを考える。

ということは、強力な魔法具を手に入れれば、吾輩は天才魔法猫になれるのか。

さすが異世界、わくわくするであるな!


「ねぇ、ティムさん。これってクロマルも使えるの?」


レベッカがティムに話しかける。


「多分無理ですよ」


ティムがあっさりと答える。


「魔法具は体内の魔力を魔法陣に流して発動します。魔力がないと無理です」


吾輩の希望は一瞬で砕かれた。

さようなら、天才魔法猫クロマル。




少し悩んだ後、レベッカがティムに声をかける。


「ティムさん、これほしいです!」

「かまわないけど、何か交換できるものを持っているのかい?」


ティムは首をかしげながら、レベッカに尋ねる。


「回復草なら持ってます!どのくらいあればいいですか?」

「回復草だって!レベッカ、お前なんでそんなものを持っているんだ?」


ダニエルがレベッカの言葉を聞いて驚く。


「まあ、レベッカちゃんのお願いですので、5束でいいですよ」

「本当!わかった。じゃあ、今から家から持ってくるね!」


そう言って、レベッカは家の方へ走っていった。


「ちょっと待て、レベッカ!おにいちゃんの質問に答えなさい!」


ダニエルは少し遅れて、レベッカを追いかけていった。




あわただしい奴らである。

吾輩は走り去っていく2人の後ろ姿の見送った。


「それにしても、魔力のない魔物ですか。おもしろいですね」


ティムが吾輩を見ながら、そうつぶやく。

後でいろいろと世話になるからな、あいさつをしておこうか。

そう思い、吾輩はあいさつの意味を込めたニャーをする。


「なかなか、かわいいな。リンが見たら喜びそうだ」


近くにいたランドが吾輩を自分の目線にまで持ち上げる。

リンとはだれであろうか。

まあ、だれであろうと吾輩の魅力には勝てないだろうな。


吾輩はティムから干した肉のようなものをかじっていた。

これはかじりがいがあるのはいいが、少し味が濃いであるな。

健康にはよくなさそうである。

そんなことを考えていると、ようやくレベッカが戻ってきた。




「はぁはぁ、ティムさん。お待たせしました」


レベッカが膝に手をつきながら、息を整える。


「これでお願いします!」


手には回復草らしきものが5束握られていた。


「本当に持ってたんだね。はい、ではご希望の『火の腕輪』をどうぞ」

「ありがとうございます、ティムさん!よかったね、クロマル!」


レベッカはなぜか吾輩に向かってそう言った。

首をかしげる吾輩にレベッカが近づいてくる。


「クロマル、これ付けてあげるからここに座って!」


レベッカはそう言って、自分の近くの地面を指さす。


「レベッカちゃん、さっきも言ったけどこの子に付けても……」

「魔法は関係ないの。かわいいからつけてあげる!」


レベッカは魔法の有無ではなく、腕輪の赤色が気にいったようである。

レベッカに指示された吾輩はとりあえず言われたとおりにする。

そして、吾輩の首にその「火の腕輪」が付けられた。

ひもで結ぶタイプだったので、サイズ的にも問題はなかった。



クロマルは「火の腕輪」を手に入れた!

クロマルのかわいさが少し上がった!

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