第8話

吾輩は長老の誘いに対して、少し悩んだ後、首を横に振った。


「やはりそうか。なんとなく断られると思っていたわい」


長老は吾輩の返答に、予想通りと言った反応をした。


「おぬしは自由が好きそうな顔をしているからのぉ」


どんな顔であろうか?

だが、吾輩が自由を好むこと自体は間違ってはいない。

実は吾輩はこう言った誘いを受けること自体は初めてではない。

かわいくて天才であるがゆえ、人間から誘われることは少なくなかった。

しかし、吾輩は飼われたことは一度もない。



吾輩が自由でいたいことに深い理由はない。

なにか悲しい過去などがあるわけでもない。

しいて言うのであれば、吾輩は様々な体験をすることを望んでいるからである。


いろいろな場所に行き、いろいろなものを見て、いろいろなものを食べる。

吾輩の生まれ持った何かがそれを求めているのである。

吾輩はこの異世界に来たことを不運だと思っていない。

むしろ、最大の幸運ではないかと思い始めている。

前の世界にはなかった魔法やいなかった魔物がこの世界には存在するのである。

だとすれば、吾輩がやるべきことは1つ。


世界中を旅することである。

そしていろいろなものを見て、いろいろなものを食べるのである。

それこそが吾輩がこの世界に来た意味ではなかろうか!

そうであるに違いない!!



吾輩が自分の世界から戻ってくると、長老が優しい目で吾輩を見ていた。


「気持ちはどうやら固いようじゃの。」


長老が確認するように尋ね、吾輩は肯定のニャーを返す。


「あいわかった。ではおぬしに代わりの礼をしようではないか」


長老の言葉に吾輩は首をかしげる。


「2・3日以内に行商人がこの村に来ることは知っておるかの?」


ダニエルからその情報は得ていたので、首を縦に振る。

吾輩の作戦はその行商人の荷物にまぎれこむというものだからな。


「さすがじゃの。では、わしが帰りの行商人の荷物におぬしを紛れ込ませよう」


吾輩は長老の言葉を聞いて驚く。

そんなことしても大丈夫なのであろうか?


「ただ、わしができるのはそこまでじゃ。あとはおぬしで何とかするのじゃよ」



その後、吾輩は長老と当日の作戦の話し合いを終え、レベッカの家に戻った。

そして、安っぽい野菜スープを食べ、レベッカと遊んでやり、そして寝た。

食って、遊んで、寝てとそんな日々を何日か過ごす。



そしてついに、待望の行商人がやってくる日が来た。

しかしそれは同時に吾輩とレベッカの別れの日でもあった。

吾輩と長老の作戦はそんなに複雑なものではない。

行商人か帰りそうになった瞬間、長老が行商人に話しかける。

そして、その瞬間に吾輩が荷物の中にこっそりと忍び込む。

ただ、それだけである。

シンプルであるがゆえに臨機応変に対応できる作戦である。


しかし、その作戦にいきなり暗雲が立ち込めてきた。

その理由はレベッカである。

レベッカが朝から吾輩を離してくれないのである。


ちなみにこの作戦について知っているのは長老以外にはダニエルだけである。

なぜダニエルが知っているのか。

それは吾輩がいなくなったことを後でレベッカに説明する役割だからである。



「クロマル、もうすぐティムさんが来るんだよ。知ってる?」


知っている。しばらく世話になる予定だからな。

ちなみティムとは今からくる行商人のことである。


「ティムさんは町でお店をやっているんだけど、時々近くの村に来てくれるの」


レベッカは吾輩をもふもふしながら言う。


「そして、村で採れたものとお店の商品を交換してくれるんだよ」


おそらく回復草やらと交換するのであろう。

長老の家にはそのためのものであろう回復草がたくさん置いてあったからな。


「あの森で採れる草とか花はね、普通の場所よりも魔力が多いんだって」


なるほど、場所によって違いがあるのか。

まあ、当たり前と言えば当たり前か。


「実はおにいちゃんに内緒でちょっと回復草持っているんだ。これでクロマルのために何か交換してあげるね」


もしかして一人で森に入っているのか?

なんと危ないことをしているのだ、この幼女は。



そんな話をしていると、出かけていたダニエルが戻って来た。


「おい、ティムさんが到着したぞ!」

「本当!おにいちゃん。クロマル、行こう!」


レベッカは吾輩を頭の上に乗せて、村の広場の方に向かう。

吾輩はいつになったら、レベッカの手から抜け出せるのであろうか。



村の広場には村人が集まっていた。

そして、その真ん中には長老と2人の男がいて、なにやら会話をしていた。

長老は弱そうな人間と話をしており、その後ろには強そうな男が立っていた。

その男は大きな剣を背負っていて、周囲の様子をじろじろと観察していた。

長老が話しているのがティムであろうが、この男は一体何者であろうか?


「ねー、クロマル。あのおっきな人誰かな?」


吾輩を頭から降ろし、両腕に抱えながら言う。

いや、おぬしが知らなければ吾輩が知るわけなかろう。


「ランドさんって言うらしいぜ。護衛の冒険者だそうだ」


後ろにいたダニエルが代わりに答える。


「おにいちゃん、護衛ってなあに?」

「護衛っていうのは、ティムさんを魔物とかから守る仕事をする人のことだよ」


ダニエルは吾輩のほほをつつきながらそう答える。

吾輩がイラっとし、指にかみつこうとするがよけられてしまう。


「そうなんだ。でも前来たときは一緒じゃなかったよね?」

「ああ、なんでも最近は魔物の数が増えているから雇ってきたらしいぜ」


再びつつこうとしてくるダニエルを吾輩は待ち構える。

ダニエルはフェイントを混ぜながら、吾輩をつつこうとする。

吾輩とダニエルの間で戦いの幕が切って落とされた!



「もう、おにいちゃん!クロマルが嫌がっているからやめて!」


その戦いはレベッカという第3勢力の介入により一瞬で終戦となった。


「そんなことより長老様とティムさんのお話が終わったみたいだよ」


見てみると、長老の家から回復草など森からとったものが運び出される。

そして代わりに、行商人から買ったであろう様々なものなどが運び込まれていた。

昨日聞いた話によると、先に長老が代表して村全体としての取引をする。

それが終わった後は個人でやり取りをしていいらしい。


「クロマル、行こう!何かクロマルに似合うものあるかなぁ?」


レベッカは再び吾輩を頭に乗せて、ティムに駆け寄っていった。

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